ヘッドライン


鍼灸師のツボ日記
  最終更新日
要旨 田舎の鍼灸師クリ助の臨床奮闘記 群馬と東京で鍼灸院を営む鍼灸師。ツボをこよなく愛し、鍼灸の魅力を語り始めると止まらない。
ウェブマスター
カテゴリ
作成
言語 ja
なぜ“あの先生”が選ばれるのか:合理の穴に落ちる技術屋
公開:
要旨: 教える仕事 2009年からセミナー事業を行っているので「人に伝える」ことを仕事にして17年が経ちました。そんな私ですが、子どもの頃から教師に憧れて…なんていう背景はありません。でも振り返ってみると、教える仕事を学生時代から色々やっていました。これが自分でも不思...
なぜあの先生が選ばれるのかー合理の穴に落ちる技術屋

教える仕事


2009年からセミナー事業を行っているので「人に伝える」ことを仕事にして17年が経ちました。そんな私ですが、子どもの頃から教師に憧れて…なんていう背景はありません。でも振り返ってみると、教える仕事を学生時代から色々やっていました。これが自分でも不思議なんです。

大学生のときは、アルバイトで家庭教師、冬はスキー教師(当時は準指導員を所有)をしていました。変わったところでは健康運動サークルの先生の助手なんかもやりました。鍼灸の専門学校に入ってからは、塾講師で高校生を教えることに。このバイトは予習がきつくて3ヶ月でやめました。さっき書いたように「教えたい」という感情でやっていたわけでないのです。

鍼灸師になってからもセミナー事業を始めることになるなんて思っていませんでした。こういう書き方をすると仕事に対する情熱を疑われてしまいますが、私としては教えることは常に手段という位置づけでした。それぞれに目的があったのです。

たとえばスキー教師。お金がなかったので交通費もリフト券も買えませんでした。なので、宿に住み込みで入り、お客さんの食事の準備や後片付けをしたり、そして昼間にはスキー場に行って練習。こんなふうにスキーの腕前を上げて資格を取って、スキー教室に入り込んで…という流れでした。

塾講師は時給がよかったからです。お金に目がくらんで始めたんですが、毎回予習が必要だったので、実質的な時給は最低ランクに。3か月しかもたなかった理由はこれです。認識が甘すぎました。ごめんなさい。


合理には穴がある


前置きが長くなりましたが、今回はセミナーを長く運営してきた者として、セミナー事業から得られるもの、そして限界について書こうと思います。

セミナーをやってきてよかったのは、何をおいても同業者を中心に“人とのつながり”が増えたことです。全国各地に知り合いが増え、国境を超えたつながりもできました。“人とのつながり”は私との関係だけではありません。セミナーを舞台にして受講者さん同士がつながっていきます。「仲良くしているあの人とあの人はセミナーがきっかけだったなぁ」と声には出さずに楽しんでいます。

「鍼灸師として食べていく」ということに限って言えば、一匹狼でもよいと思います。ただ、私には無理です。「この仕事、最高だね」と言い合える仲間がいないと幸福感を得られません。好きなものでは合理を追求できないのが人間の性(さが)というものでしょう。そうはいいつつも、セミナーで提供する価値については合理をパッケージングするように努めています。内容にどれほどの経済的価値があるのかは理性で考えています。

一度セミナーに来てくださった方はわかると思うのですが、私の講義も実技も理論も合理で固めています。それをウリにしています。だから、私の説明が足りないと受講者を合理の穴に落としてしまうことがあります。合理の穴とは、合理的な施術ほど価値があると思って施術が事務的になることです。臨床の現場では合理的すぎるものは嫌われます。


評価の矛先


私は頭の中でシミュレーションしたことがあります。どんな症状にも効果がある魔法のツボがあったとします。そのとき、2つの使い方があります。一つ目は「こういうとき、よく効く定番のツボがあるんです」と言ってから施術をします。二つ目は「私だけは、こういうとき、このツボがよく効くと知っています」と言ってから施術をします。魔法のツボなので効果はテキメンです。

シミュレーションしたのは、施術を受けた方が何を「すごい」と評価するかです。一つ目はおそらく東洋医学。二つ目はおそらく施術をした鍼灸師。そしてファンが多くつくのは二つ目のパターンです。合理的な施術には代わりがあると無意識の中で判断がくだされるからです。直接的な言い方をすれば希少性を演出した方がファンがつきやすいということです。

実は、むかし言い方を変えて試してみたことがあるのです。著効が出たあとに「東洋医学ってすごいですよね」「鍼灸ってすごいですよね」と「東洋医学」や「鍼灸」を主語にした言い方をすると、患者さんがこう言ったのです。「鍼灸のこと、ちょっと疑っていたんですよ。こんなに効くとは思っていなかったです。近くにも鍼灸院があるので次からそっちに通おうと思います。」と。

「鍼灸師なら誰がやってもこれくらいの効果は出せます」と思われたら、近くの方が便利だと思うのは当然です。

だからといって「オレだから治せるんですよ、ドヤ!」ってのはダサいわけで、じゃあどうすればいいのかって考えたくなるのが私の性です。

つづく…


鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
経営危機の中であえて崖っぷちを選ぶ理由
公開:
要旨: 今回は経営危機の第三弾です。第一弾、第二弾をお読みでない方はそちらもぜひ。 1 「根拠のない自信と患者ゼロの日々」(4/16) 2 「技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実」(4/18) 本題に入る前に、知っておいてほしいことを書きます。最近ではSNSを軸に日...
経営危機の中であえて崖っぷちを選ぶ理由

今回は経営危機の第三弾です。第一弾、第二弾をお読みでない方はそちらもぜひ。

1 「根拠のない自信と患者ゼロの日々」(4/16)
2 「技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実」(4/18)

本題に入る前に、知っておいてほしいことを書きます。最近ではSNSを軸に日本中の鍼灸師が情報を発信していますが、そういうところで目に入る鍼灸師は生き残り組なんです。もちろん、活躍している鍼灸師がすべてSNSに力を入れているわけではありませんので、知る人ぞ知る鍼灸師がいたりします。

鍼灸師になった全員が鍼灸師として活動できるわけではないというのが現実です。

2つ前の記事に書いたような「患者ゼロ経験」は特別なものではなく、多くの鍼灸師が遭遇し得るものなのです。平均的な鍼灸師は食べていけません。フツーに鍼灸師をしようと思っても、フツーでは及第点に届かないのです。

ここから先は、私がどうやって「フツー」を捨てたのかというお話です。


緊急事態宣言


努力だけではどうにもならない状況があります。あの新型コロナウイルスがそうでした。容赦なく私の努力をぶっ壊していきました。若い鍼灸師に「あの頃大変だったんだよ」という話をすると「あのときは高校生でした」なんて返ってきて、時代の流れは速いなぁと思います。

コロナ禍が始まった2020年、うちには3人の新人がいました。前回の記事で書いた通りスタッフが引き抜かれてしまったので新たに雇い入れたのです。新しいスタッフを育てて新体制をつくろうとした矢先、緊急事態宣言が発出されました。「不急不要の外出は避けましょう」となったあれですね。

新人はすぐに戦力になりませんから、人件費の負担だけが重くのりかかります。「ソーシャルディスタンス」という言葉がメディアに溢れるほど患者さんは減っていき、半分以下になりました。

その頃は採用を見直す企業が多発していました。うちは採用を取り消すことはしませんでした。というよりスタッフが流出してしたので、取り消す方がリスクが高いと考えたのです。問題は財源です。

売上は悲惨でした。目も当てられなくなったのはセミナー事業です。鍼灸院経営の他にセミナー運営をしていたのですが、開催ができる状況ではなくなり、中止、中止、中止。


二度目の借金


ここで私を突き動かしたのはあの言葉です。

「銀行は晴れた日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる」

残高が減ってからでは遅いのです。大丈夫なうちに備えなければと、政策金融公庫と地元の銀行に相談に行きました。そして借りられるだけ借りておいたのです。3年間は利子の返済が免除されるという特別措置があったので、借りる以外の選択肢は頭にありませんでした。

ここで勝負に出ました。

品川の鍼灸院(カポス)を移転させることにしたのです。移転と言っても、同じ品川駅の徒歩圏内に。ここで大きな額が出ていくことになりました。移転することにしたのは、セミナー会場を確保するためでした。セミナーがあるときだけ借りていた会議室が、コロナ禍の煽りを受けてなくなってしまったのです。コロナ禍が明けたとき、セミナーを再開しようと思っても会場がなければできません。「いつか」に備える投資として、セミナー会場としても使える物件に移ろうと思ったのです。広いところが必要ですので家賃が上がるのは覚悟の上で。

よい物件と出会うには最高のチャンスでした。テレワークという言葉が飛び交う時期だったので、空き物件が増えていて探しやすくなっていたからです。

と言ったところで人材不足の難は消えていません。前回の記事に書いた通り、スタッフがいっせいに辞めていたからです。品川で残っていたスタッフは鍼灸師が一人と学生のバイトが一人。

撤退という安全牌を無視して、群馬で研修を終えたスタッフが行くまで耐えてほしいと願っていました。最悪な結果となりました。品川に送り込む予定だった新人スタッフがメッセージを残して辞めていったのです。「君は何のために10か月も研修を受けていたんだ?」という疑問と向き合っている余裕なんてありません。

マ、マズイ…


救世主現る


神は私を見捨てませんでした。即戦力が2つも向こうからやってきたのです。一つ目は、整動鍼セミナーの受講者の石井くんが入ってくれて3か月の研修のみで即戦力になってくれたことです。

この3か月が短いかどうかは意見があるところだと思います。鍼灸院によっては新人鍼灸師が1か月もしないうちに現場デビューするところもあります。業務内容によってまちまちなので、標準を定めることはできません。うちでは半年~1年くらいを目安にしているので、石井くんは赤い彗星シャアのように3倍くらいのスピードでした。石井くんとは、カポスの副院長の石井佑のことでダブルエースのうちの一人です。

二つ目の即戦力が楠さんです。石井と同様に副院長です。副院長を二人設定しています。品川の鍼灸院(カポス)には、副院長を二人設定しています。理由は単純です。患者さんが予約をする際に副院長でない方が担当になるとハズレ感が生じるためです。実力が拮抗していて料金に差もないので、どちらも副院長です。ちなみに院長は私です。週一回(金曜日)しか行っていないのですが。

話を戻しますね。

楠はもともと独立して音楽家に向けた鍼灸院をやっていたのですが、コロナ禍に飲み込まれてしまいました。無理もない話です。あの時期、コンサート、ライブなどの音楽活動は「不要不急」扱いされてしまっていて、音楽家のコンディショニングの需要がゼロに近いレベルでなくなってしまったのです。

その楠が合流することになったのです。総合的な鍼灸をやりながら、音楽家の需要回復を待つ作戦でした。しかも、楠は整動鍼のセミナーの受講者でもあったので、対象が音楽家でなくても対応できるので即戦力として申し分ありませんでした。前回の記事に書いた通り、多言語に対応できるという想定を超えた能力の持ち主です。

状況は階段を一歩一歩登るように回復していきました。それから数年が経ち、外国人の患者さんを積極的に受け入れられるようになり、石井も英語力の強化の真っ最中です。


組織運営の転機と学び


ここに書きづらい危機も何度もありました。

共同経営において、経営上の透明性に関わる問題が発生し、結果として関係を解消するに至ったこともあります。

また、学術団体の組織運営においても、中核を担う立場との間で、運営方針やコンプライアンスに関わる深刻な問題が生じ、体制の維持そのものが揺らぐ局面がありました。その経験を踏まえ、現在は目的や方針を共有しながら、それぞれが安心して力を発揮できる、無理のない関係性と組織づくりを大切にしています。


危機を選び続ける理由


ここまで書いて気がついたのですが、経営危機は自分から招いているとも言えるのです。リスクを取りに行っているのは私です。

だからといって行動を変えようとは思いません。

理由は簡単です。私は平凡な人間だからです。花もなければカリスマ性もありません。そんな私が鍼灸院を2つ経営し、学術団体まで運営しているのは、自分を常にギリギリに置いてきたからに他なりません。毎日を夏休み最後の日にすることで、本来の力を絞り出す環境を作ってきました。

環境が能力を引き出してくれたのだと思います。トキワ荘をご存知でしょうか。藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫…など、著名な漫画家を数多く排出したアパートです。たまたま天才がここに集まったと考えることもできますが、天才が近くにいると、眠っている非凡なるものが開花してしまうのでしょう。

私にも非凡なるものが眠っているのなら、引き出せる環境に身を置くしかありません。鍼灸師の免許を取ったとき、鍼灸で食べていけるだろうかと最初から崖っぷちでした。攻めるしか選択肢がない状況だったのです。それは今も同じです。安全圏に身を置きたいと思っても、そんなところがあるように思えないのです。鍼灸師になってから安堵感を味わったことは一度もありません。たぶん、安堵感が訪れた瞬間に次の危機がやってきているのかもしれません。

今も、経営危機は続いています。この一文だけ切り取られてしまうと困りますが、自分の中に危機感が常駐しているからこそ、安心感に飢えることができます。安心感を切望するエネルギーが私の機動力ではないかと思います。

鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実
公開:
要旨: 前回の記事「根拠のない自信と患者ゼロの日々」では、スタート直後に遭遇した経営危機について書きました。実家の一室を利用して開業し、インターネットを介して患者さんがなんとかやってくるようになった私です。 だから怪しいって言われる 下の写真をご覧ください。私は...
技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実

前回の記事「根拠のない自信と患者ゼロの日々」では、スタート直後に遭遇した経営危機について書きました。実家の一室を利用して開業し、インターネットを介して患者さんがなんとかやってくるようになった私です。

だから怪しいって言われる


下の写真をご覧ください。私はここからスタートしました。画像が小さいのはお許しください。昔はダイヤルアップで接続する人のために画像はあえて小さくしていました。ダイヤルアップの速度がイメージできない人は、速度制限中のスマホとほぼ同等だと思ってください。

養気院の外観(実家時代)
入口(普通に実家の玄関の隣に強引に作ったもの)

養気院の待合室(実家時代)
待合室の椅子に座った目線から(これでもきれいに見せているつもり)

養気院の施術室(実家時代)
施術室(怪しさしかありません)

わかっていただけていると思いますが、自慢したくてこの写真を出しているのではないんですね。もちろん、若手に勇気と自信を与えるためです。これでも患者さんが来てくれたのですからすごくないですか?

「鍼灸を怪しいものにしたくない」などと普段から偉そうに語っている私ですが、その私が先頭に立って怪しさを広めていました。でも、誤解しないでください。この怪しさが経営危機を招いたのではありません。むしろ、自宅開業は固定費を低く抑えることができるので生存戦略としてアリという立場です。

スタッフが続々と去っていく


では、ここから本題に入っていきましょう。こんなふうにスタートとしたわけですが、それから16、17年が経つと、実家とは別に鍼灸院(2003年~)を建て、東京に2院目の鍼灸院(2014年~)を経営するようになっていました。

このあと廃業の一歩手前を経験するのです。舞台は品川でした。タイトルを読んで予想はされていると思いますが、スタッフが次々と辞めてしまったのです。

問題が起きたのは品川の鍼灸院が始まって3年が過ぎたあたりです。スタッフの一人が独立で退職、そこに引き抜きが重なり退職が連鎖したのです。引き抜きをしたのは独立したスタッフ。

退職前は遠い地で開業するという話だったのですが、直前で話が変わり、そんなに遠くないところになりました。患者さんもまるっと移動したので、うちの院の予約はスカスカに。

その後、群馬でも問題が起こりました。スタッフが家庭の事情で地元に戻らなければならなくなったのです。退職したあと、なぜか独立した元スタッフが開業した院で見慣れた名前がありました。

北海道の病院から声がかかって抜けた者もいました。引き抜きなんて珍しいことではないでしょうが、ここまでごっそりやられた人は私くらいじゃないでしょうか。

それで東京の鍼灸院に残ったのは一人だけ。もし一人も残らなければ閉院でした。まさに首の皮一枚。


退職の原因はコミュニケーション不足なのか


誰かに相談すると「コミュニケーション不足だね」と返ってきます。そうかもしれませんが、これを言われ続けると病みます。

この経験があるから、従業員が突然やめて困っている経営者に対して「◯◯が悪かったんじゃない?」なんて分析して伝えることは絶対にしません。自分を責めている人をさらに追い込むことになるからです。

もし相談するなら社労士さんをおすすめします。社労士さんは構造で問題を考えてくれます。従業員の立場も経営者の立場も理解しているので的確なアドバイスがもらえます。一方的に経営者が悪いって言わないと思います。


スタッフがやめる理由


構造で考えるとシンプルな答えが得られました。私の鍼灸院に就職したスタッフは整動鍼を学びたくて集まり、外には整動鍼を習得した鍼灸師を欲しがる人が多かったのです。「整動鍼ってなに?」って人はこちらからお願いします。

私は鍼灸院の経営と併せて技術系のセミナーを開催しています。ここでやっているものが整動鍼で、この整動鍼を習いたくて入社を希望する人が多くて、そういう人を採用していたのです。

整動鍼のマスターが目的なので達成したら離れていくのが自然な流れ。整動鍼をマスターしたあとも辞めずにいて欲しいなら、残ろうと思えるほど強い理由をつくる必要があったのです。

これは私だけの問題ではありません。教育して戦力になったと思った途端に独立してしまい、「何のための教育だったのか…」と力が抜けてしまった開業鍼灸師はいくらでもいます。院長一人の鍼灸院ばかりである理由はこのあたりにあります。

話は戻ります。この集団退職は序の口でした。本当の経営危機はこのあとやってきます。みんなが知っている、あの新型コロナがやってくるのです。売上がピークの8割減。さて、どうなるか…。次回、私は大きな決断をすることになります。

つづく…

鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
根拠のない自信と患者ゼロの日々 ~鍼灸へのこだわりが招いた経営危機~
公開:
要旨: 「開業鍼灸師がブログに残してきた思考の軌跡」の続き 経営危機は3回 転んだのは誰かのせいかもしれない。けど、立ち上がらないのは誰のせいでもないわ ルパン三世の峰不二子が発した言葉としてあまりにも有名です。有名かはさておき、鍼灸院経営もこれなんですよね。経営...
根拠のない自信と患者ゼロの日々

開業鍼灸師がブログに残してきた思考の軌跡」の続き

経営危機は3回


転んだのは誰かのせいかもしれない。けど、立ち上がらないのは誰のせいでもないわ

ルパン三世の峰不二子が発した言葉としてあまりにも有名です。有名かはさておき、鍼灸院経営もこれなんですよね。経営していると運の要素は大きいなぁと思います。そういう意味で私は運がよい方なんだと思います。誰が言ったか知りませんが「運も実力の内」とはよく言ったもんです。

この辺の話はいくらでも転がっているので、自分自身が起き上がった話とその理由について書いてみようと思います。前提としてお伝えしたいのは、経営危機が何度もあったことです。鍼灸院を続けていられなくてもおかしくはありません。

まずは、経営危機について書いてみようと思います。経営危機は3回です。悲壮感が出てはいけないので、かる~いタッチで書くことにします。


開業して最初にやる仕事は電話線チェック


2000年代の初頭。

最初の経営危機はスタート直後にやってきました。患者さんが全然来ません。もちろんゼロの日だってありました。電話線が抜けていないか1日に何度も確認しました。

何を支えにしていたのか。それは単純。「自分ほど鍼灸が大好きな人は見たことない」という感覚です。実際にそう感じていたのか、そう思い込もうとしていたのかはわかりません。誰も否定ができない自分だけが納得している根拠です。まさに、根拠のない自信です。

自信家なのに患者さんが来ない。端から見たらこんなに滑稽なことはありません。超かっこ悪いです。でも、企業していきなり順調なんてSNSの中だけの話です。実際には、多くの起業家が自信をもって事業を始め、売上が上がらない時期を経験しているはずです。


「患者様の笑顔が~」とか言ってる場合じゃなかった


問題は患者さんがいないこと、売上がないことではありません。その時期をどうやって過ごすかです。なんかかっこいいことを書きそうな雰囲気になっていますが、感情的には、カッコ悪い状況を早く抜け出したいと思っているだけです。

ネットや広告で「患者様の笑顔を見るのが幸せです♪」という宣伝文句をよく見かけますが、自分が笑えない状況でそんなふうに思う人はいません。いたら病気です。


「ネットで患者は来ない」と言われていた時代


幸い私は健全な精神で「やばいよ、やばいよ~」と心の中で叫んでいたわけです。で、実際に何をしていたかというと、ひたすらWebサイトをつくっていました。いわゆるホームページです。ずっとパソコンと向き合っていました。患者さんの方は見ません。だって、いないから。

当時は高速通信が当たり前ではありませんでした。ちょうどADSLが普及し始めた頃です。街でSoftBankと書かれた赤い紙袋が配られていた頃の話です。もちろん、スマホなんてありません。

「ネット」なんて言葉は誰も使っていません。ちゃんと「インターネット」と言っていた時代です。「インターネットで患者さんが来るわけねーじゃん」といろんな人から言われました。「だってオマエの仕事は高齢者がターゲットだろ。使っている人なんてゼロ。わかってる?」って感じです。

私の心が悪意に変換しているので、こう聞こえていたのですが、実際はすごく親切な言葉でアドバイスをしてくれていたと思います。そういう親切をすべて無視。空き時間はパソコンに向かっていました。父親には「インターネットばかりやっているから患者が来ないんだ。禁止にする!」と何の権限があって言っているのか、わかりませんが、それも無視。

自信過剰で何の結果も出していないめんどうな存在、それが20代半ばのクリ助です。クソ助ですね。


マッサージすればいいのに…


そういえば「マッサージすればいいのに…」というアドバイスもいっぱいもらいました。そうなんです。私は鍼灸師であると同時に「あん摩マッサージ指圧師」という国家免許を持っているのです。いつのまにか整体師の方が格上みたいに思われていますが、整体師には免許がないですからね。「整体師」は自称の職業です。

話を戻します。私は鍼灸(得に鍼)をしたいと思ってこの道を選んだので、「マッサージすればいいのに…」は転職しろと言われているのと同じ意味でした。誤解のないように言っておくと、マッサージを否定しているのではありません。ケーキ屋さんになりたいのに和菓子屋をすすめられているような意味なのです。あん摩マッサージ指圧は、私にとってケーキの修行中に勉強した和菓子なのです。

鍼灸への強いこだわりが経営危機を招いていました。でも、やっぱり私が睨んだ通りインターネットの時代になっていきました。「みんなわかってた」とツッコミを入れたくなる場面かと思いますが、その当時は全力でチラシを撒いていた時代です。タウンページも健在でした。


ネットの時代キターーー!


自宅(農家の一室)で開業していたのに、それでもインターネット経由で患者さんがやってくるようになり、なんとか開業即廃業だけは回避できました。

ここで言いたいことを一言で表すと「孤独」です。私なりに孤独を楽しめていたのは、鍼灸の価値をわかっていたからです。カッコよくまとめてみました。次回は第二の経営危機について書きます。人が転んでいる姿を見たいという根性をお持ちの方は次回の更新を楽しみにしていてください。

つづく…「技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実

鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
開業鍼灸師がブログに残してきた思考の軌跡
公開:
要旨: 開業23周年 昨日、鍼灸院を開院してから23年が経ちました。実は23年周年の記念日であることに気がついていなくて、スタッフに教えてもらって気が付きました。はずかしながら余裕がありませんでした。 数字的にはきれいな節目とは言えませんが、ここまで鍼灸院をやってきて...
開業鍼灸師がブログに残してきた思考の軌跡

開業23周年


昨日、鍼灸院を開院してから23年が経ちました。実は23年周年の記念日であることに気がついていなくて、スタッフに教えてもらって気が付きました。はずかしながら余裕がありませんでした。

数字的にはきれいな節目とは言えませんが、ここまで鍼灸院をやってきて思うことを今日は書き綴ってみようと思います。私の経験が、どこかで誰かの役に立つかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら。



ブログは画期的だった!


私の鍼灸師人生はこのブログと共にあります。最初の記事はこちらです。
ツボの探し方」(2004年10月18日)

開業した当時はブログが登場したばかりで、普通の人が気軽にネットで情報発信ができるようになったのです。今ではSNSで自分の意見を言うなんてあたりまえの話ですが、私が若い頃はいわゆる言論人のみがテレビ、新聞、書籍で発信するのみだったのです。一般人は単なる読み手です。

最初はおっかなびっくりです。見知らぬ人に情報が届くことに対するスリル。ブログはアフィリエイトというビジネスを育てることになりました。ブログに来た人に何らかの商品をおすすめして成約が取れると、お金がチャリンと入る仕組みです。

これはこれで大変なんですよね。読みたくなるような文章を用意しなければならないわけですから。私もアフィリエイトのアカウントを取得していましたが、それを目的に書いていると思われるのは嫌だなぁと思って途中から捨てました。何か月もがんばって数万円くらいの売上にしかならないので未練はありませんでした。


ブログがもたらしたもの


ブログがもたらしてくれたのはお金じゃありません。ブログを通じていろいろな人と出会えたのです。当時は、出会いといえば対面だけでした。それ以外がないわけではありませんが、文通、アマチュア無線、パソコン通信など、今では「なにそれ?」なものばかりです。

昨今はネットで出会うことのマイナス面が社会問題として取り沙汰される時代ですが、最初は恩恵が目立っていました。その恩恵にあやかることができた最初の世代かもしれません。

鍼灸のことを書いているブログですから、つながるのは同業者が多いわけです。同時期に開業した人と情報交換をしたり、実際に行き来してみたりと。その延長上に、患者さんとなる人とのつながりがあるのです。これだけを切り取ってしまえば、集客のための記事と言われてしまうのですが、私がブログを続けてきたのは集客のためではありません。

つながった人の誰かが患者さんになるのです。もし、私が患者さん集めのためだけにブログを書いていたら、今のスタッフと出会うこともなかったでしょうし、スペインでセミナーを開催することもなかったでしょう。ブログは機会と運んできてくれました。


ブログの一番の読者は自分


普及すると同時に集客するには◯◯ブログがいいよ、といった類の情報が飛び交うようになりました。有利なメディアを使うのは広告戦略としては必要なのでしょうが、私はいっさい浮気をせずずっとライブドアブログです。

私自身を書き写すことが目的だったからです。一番の読者は未来の私です。出会いの機会も副産物として考えているのです。ブログはもともと公開日記です。私が未来の自分に読んでほしいのは、その時の「思考」です。その時の自分を一番説明できるものは「何を考えていたのか」です。

貫いてきたこともブレてしまったことも変えてきたことも、このブログの中にぜんぶ詰まっています。開業鍼灸師が22年の間、思考の足跡を残してきたと言ったら大げさかもしれませんが、私にとっては鍼灸師人生そのものです。

ブログからどういった展開になっていったのか…。
この続きは次回。「根拠のない自信と患者ゼロの日々

鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
なぜバレエは続けるのがこんなにも難しいのか
公開:
要旨: 我が娘、中学生最後のコンクール 4月から高校生となる娘がコンクールに出場しました。まずは結果から。 ジャパンバレエコンペティション東京(4/2開催) 7位 マーティプレバレエコンクール(4/3開催) 2位 結果が娘そして私たちの家族にとってどういう意味を持つのか、...
なせバレエを続けるのはこんなにも難しいのか

我が娘、中学生最後のコンクール


4月から高校生となる娘がコンクールに出場しました。まずは結果から。

ジャパンバレエコンペティション東京(4/2開催) 7位
マーティプレバレエコンクール(4/3開催) 2位


バレエ_栗原ちなみ

結果が娘そして私たちの家族にとってどういう意味を持つのか、そこまで含めてお伝えしようと思うので、ちょっとだけ前置きがあります。

前回の出場からは半年以上が空いています。高校受験で出場を自粛していたからです。バレエは大事ですが、同じように高校進学も大事な目標でした。ただ、単純に高校受験のためにコンクールを自粛していたわけではなく、バレエをどう続けるかという大きな問題を、本人そして私たち家族が抱えていたのです。

この数ヶ月、バレエを続けていくのは本当にむずかしいことだと改めて思い知らされました。本人のやる気、という言葉では片付けられない複雑な事情が待ち構えているのです。もちろん、本人のやる気が中心であることは間違いなく、それがなければバレエという世界に居続けることはできないでしょう。


バレエはスポーツではない


もしかしたら「バレエを子どもに習わせてみたい」とお考えの方がこの記事を読んでいるかもしれませんので、そういうお父さんお母さんに一番伝えたいことがあります。それは「バレエは芸術であってスポーツではない」ということです。

良い踊りは主観で判断されます。バレエはメソッドが歴史の中で練り込まれているので「バレエの動きとはこうです」という明確なものがあります。運動神経が良いからバレエも上手くできるということはなく、バレエの動きを幼少期から刷り込むことでバレエ特有の動きを習得できるのです。特に、アンデオール(en dehors)という、股関節から脚全体を外側(外旋)に回す技術・ポジションができないと、バレエになりません。

これは「つま先を外に向けておく」という見た目だけの話ではなく、バレエが設定している各種の動きはアンデオールができていないとできないのです。バレエ経験者ではない私にはここから先を語る資格がありませんが、娘のバレエに関わる中で、バレエとバレエらしきものの違いはわかるようになっています。

実際に、アンデオールがあまければコンクールでは目を覆いたくなるようなひどい点数がつきます。娘もそういう点数を何度も突きつけられてきました。ジャッジシート(審査員のコメント)には「BASIC」と一言書かれていることもありました。このBASICはこれまでの課題であり、これからの課題でもあります。


バレエは芸術


このように、「バレエとはこういうもの」と定義がはっきりしているので、審査において線引きしやすい基準となります。

踊りがバレエとして成立するレベルになったあとは、バレエは芸術なんだと思い知らされます。コンクールは技術的要素を判定する場でありながら、同時に「美しさ」を競う場でもあります。これがスポーツではないと言った理由です。

美しさの判断は審査員の感性に委ねられます。何が美しいのか、それは審査員の心の中にあります。芸術には公平なんて言葉はありません。誰が審査員の心に届けられるか、そういう話です。音楽の世界もそうなのかもしれないなぁと思いながら書いています。


バレエ教室の色


バレエを続けていくのがむずかしいと感じたのは、昨年末、それまで所属していたバレエ教室をやめたからです。早い話、コンクールに出るためにはバレエ教室をやめなければならない、そんな状況になったのです。


バレエ教室にもいろいろあって「バレエ教室」という一言では表せないほど多様です。これは、実際に体験してみないとわからないと思います。それぞれにバレエ教室の方針があります。

その一例として、どの教室でもコンクール出場をサポートしてくれるわけではありません。また生徒さんたちがみんなコンクールを目標にしているなんてこともありません。

コンクールがすべてではありませんから、コンクールに出場しなくてもバレエは楽しめます。その一方でコンクールが控えているからこそ、本人も家族もがんばれる場合もあります。


コンクールの意味


娘が小学生から中学生になるとき、バレエを続ける条件としてコンクールで結果を出すことを求めました。教室までの送り迎えも必要ですし、お金もかかります。緊張感なくやって、時間をつぶすだけの習い事にはしてほしくなかったのです。

もちろん、この価値観は誰にでも理解してもらえるとは限らないことは承知しています。ただ今回はこの点でバレエ教室の方針と合わなかったのです。実際、その教室でコンクールに出場していたのは娘ただ一人で、特別に出場を許してもらっていたのです。

バレエ教室はありそうでなかなか見つかりません。通いたいと思う教室があっても、通える距離になければ意味がありませんから。高校受験が終わったらコンクールに出たい、でも練習する場もない、という状況が昨年の11月です。


バレエスタジオをつくる


ここからは力技です。スタジオをつくることにしました。バレエ教室には免許や資格制度はなく、やろうと思えば誰でも始められます。とはいえ、それを公の場で口にする人はいません。バレエ界に何のコネクションもないフリーな立場だからこんなことを書けるのだと思います。

誤解されないように書いておくと、バレエに対するリスペクトがなければ、娘をコンクールに出そうとは思いませんし、教室をつくろうなんて思わないわけです。この記事、バレエ界のすごい人が読んでいたらどうしよう、とヒヤヒヤしています。

ガラクタ置きになっていた倉庫の2Fを改装してつくったのがこちらです。2週間でつくりました。その詳細は別の機会にしようと思います。

StudioKP(養気院)

けっして広くはありませんが、一人で使うのでなんとかいけそうです。問題は床でした。バレエは床が重要なんです。ベニヤ板のままというわけにはいかず、奮発しました。バレエ専用として評価が高いTMフロアを敷くことに。私も舞台設置や片付けを手伝ったことがあるのですが、バレエのときは特別なシートを貼り付けます。適度にグリップしてくれる絶妙な素材です。見た目はただのグレーのシートなんですけどね、これがまあまあ高いわけです。

TMフロアを敷く

「娘のために」というと、ただのバカ親になってしまうので、鍼灸院の付属施設としてつくり、それを娘も使えるという形にしました。それでも、ただのバカ親ですが。

私の鍼灸院には、スポーツをやっている人もたくさん訪れますので、施術の前後で実際に体を動かしてみて調子を確認するなんてことがこれからはできるようになります。足裏の重心測定なども、ここですでに行っています。話題がバレエから遠ざかってしまうので、この辺りは別の機会に書くことにします。

足裏重心測定_StudioKP(養気院)

そういうわけで、私は今、バレエスタジオの代表になっています。芸術面では何にも言えませんが、身体のケア、身体の使い方指導、そしてバランス調整など、できることはあります。バレエの関係者に生意気なことは言わないので、まあお許しいただければと思います。

高校に入学してから、新しい出会いもあると思いますので、新しい環境で挑戦となるかもしれません。バレエを続けていくというのは、お金もかかりますが、覚悟も試されます。プロになってそれらが回収できるなんて保証はありません。

だから、重要なのは、“いま”に納得しているかだと思うのです。だから、娘に投資しているわけじゃないのです。結果が出るときも出ないときも、そこから何かを学び、人生を豊かにする糧となればよいのです。

バレエ_栗原ちなみ

また新しい道が待っている。




鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)

鍼灸で花粉症は治るのか? ~治ると無症状の違いから理解できる鍼灸の効果~
公開:
要旨: 花粉症は鍼灸で治るのか? 「花粉症のツボ」というタイトルでYouTube(動画)を制作したのですが、その中で「治る」という表現はあえて避けました。鍼灸を受けることで「治った」という人が出てくるという表現に留めています。花粉症の鍼灸治療を本格的に始めてから10年以...
鍼灸で花粉症は治るのか

花粉症は鍼灸で治るのか?


「花粉症のツボ」というタイトルでYouTube(動画)を制作したのですが、その中で「治る」という表現はあえて避けました。鍼灸を受けることで「治った」という人が出てくるという表現に留めています。花粉症の鍼灸治療を本格的に始めてから10年以上経ちましたが、実際に花粉症状が①全く出なくなる人、②軽くなる人、③変わらない人、がいるわけです。



本当は「鍼灸で花粉症が治る!」と言いたいところですし、多くの方が治る方法を探してネットを走り回っているのではないでしょうか。この記事では「実際はどうなのか」に焦点を当てて、鍼灸の効果に期待しつつ期待しすぎない情報をお届けしようと思っています。

鍼灸師の立場から発言すると「花粉症には鍼灸が一番」という空気がまとわりつきやすいので、それを払拭しながらいきたいと思います。そもそも私が花粉症の治療に携わっているかといえば、シンプルな理由で「花粉症の症状、鼻水や鼻づまりが施術室の中で取れるという経験をしたからです。「これはすごい!」と人として素直に思ったわけです。

ただ、一時的な改善であることの方が多いので、このままずっと症状が出ないようにするには、どうしたら…と模索してきたわけです。そして、ある程度の成果が得られるようになってきたわけです。


季節性と通年性で大きく異なる難易度


あとでがっかりされると困るので、最初にどういう人の症状が改善しにくいかお伝えします。それは、一年を通して鼻炎がある通年性のアレルギー性鼻炎です。季節を問わずに鼻炎が続いているものです。ちなみに、花粉症の医学的な正式名称は季節性アレルギー性鼻炎といいます。

つまり、花粉症と言われる季節性の症状は比較的寛解しやすく、季節に関係なく症状があるものは寛解しづらいということです。経験則では5倍くらいむずかしく感じます。慎重な表現が必要なことは承知していますが、季節性であれば高い確率で症状が軽減します。

鍼灸治療の回数と期間


どれくらいの頻度でどれくらいの期間の治療が必要か

私の鍼灸院での話になりますが、週2回の通院をお願いして施術は5回単位です。現実的に1回の施術で「治りました!」なんていう感想をいただくのはむずかしいです。花粉の飛散量で症状は動くこともあり、1回の施術で効果について結論を出せません。考えた末、たどり着いたのが5回単位です。

その5回で終わる人もいれば、あと5回加えて10回になる人もいます。それ以上の人もいてケースバイケースです。もし5回の施術で効果を感じなければそれ以上は勧めていません。この症状はむずかしいと認めて引き下がる決断が必要です。こうした判断は患者さんとのコミュニケーションの中でしていきます。


通院はいつがベスト?


小さい火は消火はできますが、大きくなると困難になります。花粉症も同じです。症状が軽ければ寛解できますが、ひどくなると難しくなります。鍼治療を始めるのに最適な時期は症状が出始める直前です。症状が出る前ですと、効いているのかどうかわからないと最初言われるかもしれません。治療中にシーズンに突入し「いつもならこの時期ひどいのに…」と無症状が続くことが理想です。

症状が出たら手遅れということではありませんので、早めに決断することをおすすめしています。正直、症状が爆発している季節に、スパッと寛解させることは難しくなります。

シーズンではない時期に治療をしたら効果がないのか、という疑問も出てくるかと思います。結論は、効いていたとしても効果を実感できません。個人的には意味があると思っていますし、本来はそれが一番だと思っています。とはいえ、現場で「どうですか?」と訊いて「わかりません」は場がもちません。


「治る」と「無症状」


花粉症が医学的には自然に治ることは少ないとされています。自然寛解率は10~20%程度という報告があります。効果があるのは免疫療法と言われています。舌下免疫療法、減感作療法などです。花粉を少量ずつ体に入れ、免疫を再教育する方法です。その結果、体が花粉を敵とみなすことがなくなります(本来、花粉は人体に無害ですから)。こうした治療は「花粉症は免疫の誤作動」という発想に基づいています。

では、免疫になんらかの変化がなければ症状は変わらないのでしょうか。ここからが重要な話になります。同じ免疫を持っていても、花粉の飛散量、生活環境、ストレスの状況によっては症状は出ないことがあります。

花粉症は免疫反応を含む複合反応です。神経、粘膜、血流などのコンディションも症状に関わっています。ここに東洋医学的な視点を加えれば、体温のバランスです。温かいところ、冷たいところがあります。

重要なことは、花粉症は免疫の問題ではあるが、免疫だけでは説明しきれない複合現象であるということです。ですから、鍼灸が介入することができるのです。実際、鍼灸で無症状になる人がいるわけですが、患者さんが「治った」と表現するのは問題ありませんが、私たちは慎重になる必要があります。無症状であっても、医学的に「治った」と言えるかわからないからです。

とはいえ、無症状は「治った」の入口と言えるので、無症状にたどり着くことは医学的にも意味があります。


鍼灸治療で使うツボ


おそらく、多くの方が「花粉症のツボ」があると信じていると思います。病気に対してツボが決まっている、というイメージではないでしょうか。もしくは、そんなわけがないとツボを全否定するパターン。

すでに述べたように、花粉症を治すことと花粉症の症状が出ないようにすることは似ているようで違うことです。私たちは、免疫の状態がどうなっているのか知りようがありません。しかし、人体の観察はできます。花粉症がある人とそうでない人の身体的特徴を探すのです。

その特徴が軽減するように鍼灸を使って調整します。今回の動画ではその手法について実技で紹介していますので、興味のある方はぜひご覧ください。お時間のない方のために、ここで簡単に説明しますと、花粉症の人は頭部に熱がたまりやすいので、その熱を下げるように働きかけます。その最重要ポイントになるのが頚部です。首周りの硬さを取ると花粉症が軽減します。

特に重要なポイントは「風池」というツボです。この風池に直接鍼をする方法と、その風池の緊張を解くツボとして胞肓も紹介しています。動画の中では触れませんでしたが、この胞肓というツボは胃腸の調整点としても有効です。「花粉症は腸を整えると治る」という説もありますが、それと重なるのが面白いところです。

風池

また、鼻腔三椎と名付けたところがあります。頚椎の6番と7番、胸椎の1番です。鼻の通りが悪い人はここが固まって動きが悪いことが多いのです。ここに注目して施術をすることで花粉症が軽減することが多いのです。

鼻腔三椎


花粉症と風邪の共通点


現代医学の立場から見れば、原因がそれぞれ違います。花粉症の原因は花粉で、風邪の原因はウイルスです。全く別の病気として考えるわけですが、考えてみてください。花粉症は風邪の初期症状とよく似ています。私たち鍼灸師が注目するのはここです。症状を引き起こす身体的特徴に合わせてツボを選びます。ですから、花粉症の治療は風邪の治療と似ているものになります。簡単な話です。風邪の治療の応用として花粉症治療があるのです。

寒暖差アレルギーも同じです。名前に「アレルギー」が付いていますが、免疫系の病気ではありません。まるでアレルギーであるかのような症状が出るのでこのように呼ばれています。花粉でもウイルスでもないのが寒暖差アレルギーです。動画の中でも紹介していますが、共通点としてふくらはぎの冷えを示しています。


美味い料理があるなら上手い鍼灸もある


ツボは知っているだけでは意味がありません。目の前の患者さんの身体的特徴に気がつく観察眼を養っていなければ、適切なツボを選べません。料理は同じレシピでも火加減や調味料の加減で大きく味が変わります。食材の状態に合わせて微調整できる料理人が美味しい料理を提供できます。鍼灸も似たようなところがあります。

鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
ツボを「自律神経」で説明することの限界 -古典医学を現代医学で読み替えるときに失われるもの-
公開:
要旨: 近年、「ツボは自律神経に作用する」という説明を目にすることが増えました。 これは決して的外れではありません。実際、鍼刺激が自律神経活動に影響を与える可能性を示す研究は多数存在します。 心拍変動(HRV)を用いた研究では、鍼刺激が副交感神経活動の指標に変化を...
ツホを自律神経で説明することの限界

近年、「ツボは自律神経に作用する」という説明を目にすることが増えました。

これは決して的外れではありません。実際、鍼刺激が自律神経活動に影響を与える可能性を示す研究は多数存在します。

心拍変動(HRV)を用いた研究では、鍼刺激が副交感神経活動の指標に変化をもたらす可能性が報告されています。

また、機能的MRI研究では、鍼刺激が視床や島皮質、前帯状皮質など、自律神経調節に関与する中枢領域を変化させることが示されています。

ですから、鍼が自律神経に影響を与える可能性があるという理解は、現在の科学的知見とも整合的です。しかし、ここから次の結論に進むとき、慎重である必要があります。


1.「作用する」と「同一である」は違う


たとえば、次のように考えてしまうと無理があります。

 ・経絡は自律神経の通路である
 ・五輸穴は自律神経のスイッチである

前者は生理学的現象の話です。後者は理論体系の同一化です。この二つを混同すると、古典医学の構造が単純化されてしまいます。


2.鍼の反応は、単純な神経モデルでは説明できない


現在の研究は、鍼刺激が単なる末梢神経反射ではなく、

 ・中枢神経系
 ・自律神経系
 ・内分泌系
 ・免疫系

を含む多層的なネットワークを介して生じることを示唆しています。

例えば、Zhao(2008)は、鍼の鎮痛機序において中枢神経と内因性オピオイド系の関与を報告しています。Langevinら(2006)は、鍼刺激が結合組織の機械的変化を介して広範な生体反応を引き起こす可能性を示しました。Kimら(2011)は、鍼刺激が免疫系およびサイトカイン反応に影響を及ぼす可能性を示唆しています。

つまり、鍼の作用は「神経だけではなく、神経・内分泌・免疫を横断する統合反応」と捉えるほうが、現在の科学的理解に近いのです。その意味で、「経穴体系 = 自律神経マップ」と理解できるほど単純なものではありません。


3.古典医学は神経解剖学で翻訳できない


古典医学の経絡体系は、

 ・気血の流注
 ・臓腑の機能的連関
 ・病証の伝変
 ・時間や情志との対応

といった動的関係性のモデルです。それは神経解剖学の前段階ではなく、異なる枠組みで身体を捉えた理論体系です。もちろん、現代医学の言葉で再解釈することは可能です。しかしそれは「翻訳」であって「同一化」ではありません。

翻訳は便利です。しかし翻訳が進みすぎると、原文の構造が見えなくなることがあります。


4.わかりやすさの代償


「自律神経で説明できる」という言葉は、非常に説得力があります。しかし現在のエビデンスは、「鍼が自律神経に影響を与えうる」という段階にとどまっています。

それは「古典的経穴学が自律神経理論と一対一対応する」ことを意味しません。この違いを曖昧にすると、仮説が確立理論のように見えてしまいます。そしてそれは、鍼灸医学そのものの信頼性を損なう可能性があります。

参考文献


1.Lee SH, et al. Effects of acupuncture on heart rate variability: A systematic review. Evid Based Complement Alternat Med. 2010.
2.Haker E, et al. Acupuncture and autonomic nervous function. Auton Neurosci. 2000.
3.Hui KKS, et al. Acupuncture modulates the limbic system and subcortical gray structures of the human brain. Hum Brain Mapp. 2000.
4.Zhao ZQ. Neural mechanism underlying acupuncture analgesia. Neurosci Lett. 2008.
5.Langevin HM, et al. Mechanical signaling through connective tissue during acupuncture needling. J Appl Physiol. 2006.
6.Kim SK, et al. Acupuncture-induced modulation of immune responses. Brain Behav Immun. 2011.

X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
そのだるさは本当に好転反応? 施術後に知っておきたい体の変化
公開:
要旨: YouTubeとブログを連携させながら情報発信していきます。 現在28本の動画を公開しているのですが、今回は初回なのでもっとも再生数が多い「好転反応とは? 施術後の不快な症状は悪化の疑いもあるので好転反応と決めつけないでください」について、まとめていこうと思います...
YouTubeとブログを連携させながら情報発信していきます。

現在28本の動画を公開しているのですが、今回は初回なのでもっとも再生数が多い「好転反応とは? 施術後の不快な症状は悪化の疑いもあるので好転反応と決めつけないでください」について、まとめていこうと思います。

マッサージや鍼治療を受けた後、体がだるくなったり、一時的に症状が強くなったりしたことはありますよね? よく「それは好転反応だから大丈夫」と言われますが、ちょっと注意が必要です。今回は、丁寧に慎重に「好転反応」という言葉と向き合ってみようと思います。
もし「これって本当に好転反応?」って少しでも思っていたらこの続きをぜひお読みください。

そのだるさは本当に好転反応

「好転反応」という言葉の落とし穴 


多くの人が使う「好転反応」という言葉ですが、本当は科学的な根拠はないのです。さっそく、厚生労働省の見解を見てみましょう。

 厚生労働省の見解:厚生労働省は「好転反応に科学的根拠はない」としており、安易に使うことを推奨していません。
 健康被害の恐れ:特に健康食品などで「悪化しても好転反応だから」と放置させ、結果的に健康被害につながるケースがあるため注意が必要です。

では、なぜ「好転反応」という言葉がこれほど世間で言われているのでしょうか。ここからその秘密に迫っていきます。


鍼治療の後に起こる「余韻」と「だるさ」


鍼をした後に感じる違和感は、体への刺激による「余韻」である場合がほとんどです。「残鍼感」などと言われることもあります。これは好転反応ではありません。先に書いた通り、鍼をした感覚がただ残っているだけです。これを副作用と呼ぶ人もいますが「鍼をしたのだから多少の感覚が残るのは普通のこと」と考えれば副作用と呼ぶほどではないでしょう。この感覚はしばらくすると消えてしまいます。数時間~1日程度でしょう。

一時的な反応:強く押された後に感覚が残るのと同様、鍼の刺激による余韻が翌日くらいまで残ることがあります。

主な症状
  ・局部的な重だるさや違和感
  ・全身的なだるさ
  ・軽度の微熱(37℃台など)

安全性:一時的なものであり、鍼治療は薬や手術に比べて非常に「ローリスク」で安全な施術です。


「瞑眩(めんげん)」と症状の一時的な増幅


東洋医学には古くから「瞑眩(めんげん)」という言葉があります。これは、良くなる過程で一時的に反応が出ることを指します。私の臨床の中でよく出現するのは、しびれの治療においてです。鍼をして数分すると、しびれの症状が一時的に強くなってきます。その方が効果があるのです。

一時的に強くなったしびれは、10分程度すると消えていき、施術前にあったしびれより弱くなっていることが多いです。このとき、数分間一時的に強く感じるしびれは「瞑眩」と言えます。
これは、事前に患者さんに伝えるようにします。そうでないと、患者さんは「悪化したのでは…」と不安になってしまいます。瞑眩は事前に伝えるべきです。仮に瞑眩だとしても、患者さんが悪化したと思えば、患者さんの中では一時的な悪化ですから。


まとめ:大切なのは「後出し」にしないこと


施術後に起きた予期せぬ悪化に対して、「それは好転反応です」と後から言うのは言い訳のようですし、本当に悪化した場合には、ごまかしの言葉になってしまいます。

施術の不手際がないとしても、症状が激しい場合にはちょっとしたことがきっかけで悪化することがあります。治療期間中は「悪化をすることもある」ということは常に念頭に置いておくべきです。好転反応という言葉を逃げ道にしてはいけないのです。

腕がある施術者ほど、あらかじめ起こりうる体の反応を説明し、患者さんが安心して受けられる環境を整えるものです。もし施術後に不安な症状が続く場合は、「好転反応だ」と思い込まず、別のところに相談することも視野に入れた方がよいでしょう。

結論としては「好転反応」という言葉を耳にしたときは、冷静になってみましょう。見極めは、一時的(数日以内)な悪化なのか、悪化したままになっているかどうかです。

今回の話は鍼灸に限らず、どんな施術にも言えることですので、判断基準の一つとしていただければ幸いです。



X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)
はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)
ブログと動画で「思考の公開」という原点回帰
公開:
要旨: YouTubeを再開した理由 今年になってYouTubeを再開しました。いくつか動画を作ったあと1年間の空白期間がありました。再開した理由はシンプルです。原点に立ち返ろうと思ったからです。この原点というは、情報発信のことです。振り返れば、情報発信に力を入れてきたから鍼...
思考の公開という原点(鍼灸師のツボ日記)

YouTubeを再開した理由


今年になってYouTubeを再開しました。いくつか動画を作ったあと1年間の空白期間がありました。再開した理由はシンプルです。原点に立ち返ろうと思ったからです。この原点というは、情報発信のことです。振り返れば、情報発信に力を入れてきたから鍼灸師としてここまでやってこられたのです。

その情報発信は主にこのブログで行ってきました。YouTubeは情報発信に力を入れるという原点に立ち返りながら動画というステージへの挑戦です。この挑戦する心も含めて原点回帰です。

当たり前と思ったらなんでも終わりなんです。今年の私はめちゃくちゃ挑戦者です。




AIがはずかしさをデリート


話がいきなりそれてしまうのですが、LLM(大規模言語モデル)のAIが文章を代わりに書いてくれるようになりました。私もよく利用しています。使ってみて思うのはAIに書かせた文章を公開するときは、書いた文章を公開するときに感じる特有のはずかしさがありません。

文章を書くことは内面をさらけ出す行為を含むわけですが、AIを使うとその前提が揺らぎます。AIにははずかしさのデリート機能があるように思えます。これについて説明しようと思いますが、その前にこの文章はAIを全く使わず、伝統的な手法、つまりキーボードを叩いて書いていることをお伝えしておきます。

ここまで書いた時点で、この文章のどこにはずかいさが潜んでいるかといえば「はずかしさのデリート機能なんて話はとっくに誰かがしてるよ。今さらですか?」とトレンドに乗り遅れてるだけの自分をわざわざ公開してしまっているかもしれないところです。


はずかしいが正義


あえて言います。こうしたはずかしさは正義だと思うのです。はずかしいと思うということは、こんなことを書いたらどう思われるのだろうか、と自分を客観視する行為です。自分は常に正しいわけではないという舞台の上にいるのです。AIを使うとその舞台から降りることができます。情報の精度と効率の面では正義かもしれませんが、文章を書く意味においては必ずしも正義ではありません。

自分で書くというのは、「間違っているかもしれないけれど…」という前提を許容し、こう思った、こう感じた」をさらけ出すわけです。この前提を人間は失ってはいけない気がします。恐ろしいと感じているのは、ChatGPTが出てから「自分の考えは合っているのだろうか?」とAIで確認しようとする自分です。

これは「はずかしさ」から逃げる行為で、正義から離れてしまっているように思うのです。改めて、私が思うところの正義を言い直すと「自分は常に正しいわけではないという前提で生きる」ということです。

間違っていてもいいのだ、という開き直りではありません。何が正しいのか誰もわからない、という前提であるべきではないかという提案です。


正しい鍼灸はどこにある?


ここで自分の仕事=鍼灸における正しさを考えてみます。
昔所属していた勉強会で症例発表をしたことがあります。そこで先輩にあたる鍼灸師にこう言われたのです。

「あなたの症例から学ぶものは一つもなかった」

私からしてみると、試行錯誤して症状が軽減し明らかに改善しているので、ヒントくらいは提供できていると思っていました。

若かったので全否定されても言い返せませんでした、言い換えしたら喧嘩になっていたと思います。よく言えば大人な態度をとったわけですが、今こうしてグチグチ書いているのですから、やっぱり子供です。あ~はずかしい。こういうことですよ、はずかしさって。

それでは、ここにあった「正しさ」を読み取ってみます。勉強会には勉強会のルールがあります。症例発表におけるルールは、その勉強会で習ったことを使って患者さんがどうなったかを共有する必要があります。そういう意味では私の症例発表はそのルールから少しズレていました。

でも、その言葉がきっかけで私はその勉強会から離れていくことになりました。そのときは、ただなんとなく「ここは居るべきところじゃない」と感じただけですが、今思えば私なりの正しさを求めた結果なんだと思います。

ツボはもっと自由に使ってよいはず…。

臨床の現場に立つ鍼灸師ならわかると思うのですが、習った通りにやれば必ずよい結果が得られるとは限りません。むしろ「よい結果が出ないときにどうするか」を考え続けるのが臨床です。答えは勉強会にはないのです。勉強会はヒントの場であると考えています。

つまり、正解というのは常に患者さんと私たちの間から生まれてくるという考え方です。誤解のないように補足すると、患者さんの「こうしてください」に従うことではありません。患者さんが正解を持っているのでも、私たちが正解を持っているのでもなく、両者の間から正解を拾うのです。

正解をその場その場で探していかなければいけない、この状況をストレスと感じるか面白さと感じるか、それはそれぞれです。私は後者です。


AIを使うとむしろ非効率?


YouTubeの更新はものすごくたいへんです。スタッフにも苦労をかけています。特に編集に時間がかかります。収益化できてるわけではありませんから、チャンネル登録者数の増加が心の報酬になっています。現場で「観ています」と言われることも励みになっています。

動画制作は私の趣味で続けていくわけにはいきません。ちゃんと目的があります。誰かの役に立つ情報を発信し、信用を積み上げていくことです。信用の素地は安心感だと思っているので、そういう立ち位置から情報を発信しています。

もっといえば、鍼灸への安心感だけでは不十分で、鍼灸師への安心感が必要です。再生回数を伸ばすという意味では、もっとよい方法があると思います。AIにコンテンツを作ってもらって、AIに画像と読み上げをしてもらうなど、選択肢があります。

ただ、信用の積み上げという観点からみたら、AIの活用は最小限にして人間臭さを残す方が効率的だと思っています。臨床は人間臭いものですから。現場と乖離しない、ということが私の立場ではもっとも重要だと思っています。とはいえ、チャンネル登録者数はもっと増えてほしいです。


文章と動画の二刀流


動画をがんばっていたらブログの更新が途絶えてしまいました。動画の時代と言われていますが、文章の価値がなくなったわけではありません。ブログの方が好きという方もたくさんいらっしゃいます。

ですので、これからは同じ内容をブログとYouTubeでやってみようと思います。YouTubeの原稿をブログに利用してみます。

こうやって久しぶりに文章を書いてみると、頭の中が軽くなるのがわかります。思考をちゃんと自分の力でアウトプットすると思考が整理されます。だから軽く感じるのでしょう。AIを否定するつもりはありません。積極的に利用していくつもりですが、私にとってブログは「思考の公開」ですから、やっぱりキーボードからでなければ。

X(旧ツイッター)
インスタグラム(ほぼ趣味)

はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)

サイト内検索
症状、病名、医学用語など