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鍼灸師のツボ日記
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要旨 田舎の鍼灸師クリ助の臨床奮闘記 群馬と東京で鍼灸院を営む鍼灸師。ツボをこよなく愛し、鍼灸の魅力を語り始めると止まらない。
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肩こりを治すとは、どういうことか。
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要旨: 肩こりはありふれた症状です。だからでしょうか。 「肩こりなんて簡単ですよ」 こんな言葉を耳にすることがあります。私はこの言葉を否定したいわけではありません。ただ、一つだけ確認したいことがあります。 その人は、何をもって「肩こりを治した」と考えて...
肩こりを治すととはどういうことか

肩こりはありふれた症状です。だからでしょうか。

「肩こりなんて簡単ですよ」

こんな言葉を耳にすることがあります。私はこの言葉を否定したいわけではありません。ただ、一つだけ確認したいことがあります。

その人は、何をもって「肩こりを治した」と考えているのでしょうか。ここが曖昧なままでは、「肩こり治療は簡単か、難しいか」という議論は噛み合いません。

私は長年臨床を続けてきましたが、肩こりほど難しいものはないと思っています。その理由は技術力の問題ではありません。「肩こりを治す」という言葉の意味が、人によって違うからです。


肩こり治療には二つの考え方がある


肩が軽くなれば肩こりは治った。この考え方は間違いではありません。患者さんは楽になりますし、その変化には大きな価値があります。一方で、私はもう一つの考え方があると思っています。それは、「なぜその人の肩は凝るのか」という原因を見つけ、その原因を取り除くことです。同じ「肩こり治療」という言葉でも、目標が違えば治療そのものが変わってきます。

肩を軽くすることを目標にするのか。肩が凝る身体を変えることを目標にするのか。この違いは、とても大きいのです。


「肩こり」は状態ではなく感覚かもしれない


臨床を続けていると、色々な肩こりと出会います。肩が柔らかいのに「つらいです」と訴える患者さんがいます。反対に、驚くほど硬い肩をしているのに、「肩こりはありません」と答える人もいます。もし肩こりが「筋肉の硬さそのもの」であるなら、このようなことは説明できません。

つまり、肩こりとは筋肉の状態だけではなく、「肩が凝っていると感じる感覚」でもあるのです。この視点に立つと、肩を揉めば肩こりが治る、という単純な話ではなくなります。

肩こりで悩む患者さんを迎えるとき、「なぜこの人は肩こりを感じているのだろう」と考えます。その答えを探すことが、肩こり治療の面白さでもあります。


肩こりは肩だけの問題なのか


肩こりの原因を探していくと、肩から離れていく場合がほとんどです。凝ったところに鍼をしなくても、肩こりが改善することも珍しくありません。さらに、その結果として頭痛が楽になったり、耳鳴りや眼精疲労が改善したり、お腹の調子まで変わることがあります。もちろん、すべての肩こりがそうだと言いたいわけではありません。

ただ、こうした症例を何度も経験すると、肩こりは肩だけの問題ではないのではないか、と考えるようになります。肩こりは、身体全体のバランスの乱れを知らせる一つのサインなのかもしれません。


患者満足度と治療の質は一致しない


誤解を恐れずに書きます。患者さんが「やってもらった」と感じることは、とても大切です。安心感にもつながりますし、信頼関係を築くうえでも欠かせません。しかし、それと治療の質は別に考えた方がよいのです。

肩が凝っている場所に刺激をすると、多くの患者さんは「そこそこ」と反応します。その感覚は満足感につながります。仮に肩こりが十分に改善しなかったとしても、「私の肩は相当ひどかったんですね」と受け止めてもらえることがあります。すると、施術者は自分の施術を疑う機会を失います。

いったん満足度という評価軸から抜け出し、肩こりはなぜ起こっているのか、どうしたら肩こりが起こらない状態がつくれるか、という視点を持つことが本当のプロだと考えています。


だから肩こり治療は難しい


私は、「肩こり治療はできて当たり前だ」という言葉を聞くたびに違和感を覚えます。肩こりという現象は、それほど単純ではないと思っているからです。肩こりが難しいと思っている施術者ほど、肩こりを甘く見ていない。私はそんな印象を持っています。

原因を探し続けるから難しい。原因が一つではないことを知っているから難しい。だからこそ、もっと理解したいという探究心が生まれます。不思議なことですが、難しいと思えば思うほど、臨床は面白くなっていくのです。


身体には硬くならなければならない理由がある


「肩こりが治る」とは何でしょう。肩を軽くすることでしょうか。それとも、肩こりになりにくい身体をつくることでしょうか。
私は後者を目指しています。つい最近も勉強になる経験をしました。長年片側だけに肩こりで悩んでいる患者さんがいまして、見た目ですぐに左右差がわかり、触れてみると石のように筋肉がカチカチです。そこに鍼をすると、凝りに当たった気持ちよさとほぐれたようなすっきり感が出るのですが、カチカチはそのままです。

どんなに鍼をしてもカチカチのまま、という経験は駆け出しの頃から数え切れないほどあります。患者さんは「刺激が足りないからだ」と考えて、鍼の数を求めてきたり、太い鍼を求めてきたりすることがあります。しかし、望んだ結果にはなりません。カチカチになっている理由、つまりそこに力を入れないと困ってしまう事情を身体は抱えています。

最近の例で言うと、凝っている方と反対の坐骨(骨盤の最下部のでっぱり)の緊張を解いたら、カチカチが緩んできました。坐骨は座るときに椅子に触れるところです。その周辺が固くなっていることで、本能的に逆側の坐骨(肩こり側)に体重を乗せるクセがついていて、長年に渡って偏った座り方をしていたのです。


肩こりは姿勢が原因?


姿勢が悪いという一言で片付けることができない問題です。仮に左右の坐骨に均等に体重をかけようと思っても、均等にかけたら違和感が生じます。違和感がある状態で良い姿勢をし続けたら、その違和感を遠ざけようとまた別の問題が発生することがあります。

これは、肩こりの人は坐骨を見ましょう、というアドバイスではありません。抱えている問題は人によって異なります。患者さんがやってほしいと思うことが正解とは限らず、遠回りであるかのようなことが最短距離だったりします。患者さんの要望に従って、凝りに鍼をしたり灸をする方が楽で喜ばれるかもしれません。しかし、それは思考停止です。

肩こりは一生のテーマにできるくらい奥が深いものです。「肩こりを治すとはどういうことか」に答えが出ないところが面白いのです。

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時間の切り売りという感覚から抜け出すには― 施術時間を「生産の時間」に変える考え方
公開:
要旨: 予約が埋まるほどに感じるストレス 開業したばかりのころは予約シートが真っ白でした。そこに患者さんの名前が入り、空白が少しずつ減っていくことが楽しみでした。今も予約が入ることに喜びを感じています。「必要としてくれる人がいるんだぁ」って思うと生きる勇気みたい...
時間の切り売りという感覚から抜け出すには

予約が埋まるほどに感じるストレス


開業したばかりのころは予約シートが真っ白でした。そこに患者さんの名前が入り、空白が少しずつ減っていくことが楽しみでした。今も予約が入ることに喜びを感じています。「必要としてくれる人がいるんだぁ」って思うと生きる勇気みたいなものが湧き上がってきます。

しかし、予約の枠が8~9割埋まってくると喜びの中にちょっとしたストレスを感じるようになるのです。患者さんの希望通りに枠を提供できないからです。「その時間は埋まっていて、ごめんなさい」と繰り返す日々。

「スタッフを雇えばいいんじゃん?」

そういうことではないんです。患者さんは、それまでの担当者に期待をしているのであって、突然新しい人が現れても「次はそっちの方で」なんてなりません。スタッフを雇用するなら、理念や行動指針を共有しなければなりませんし、技術的な足並みを揃えるための研修も必要です。

と、ここまで書いてきましたが、今回のテーマは雇用ではありません。深堀りしていくとストレスの正体は、予約枠のやりくりとは別のところにあることがわかりました。


施術中の時間は誰のもの?


街を歩けば「◯◯分4000円」などというリラクゼーションの看板が目に入ってきます。これって時間単価なんですよね。時間で料金が決まるわけで、これってお客さんの立場からしたら時間も含めて買っているわけです。話をシンプルにしたいので「時間を買う」と考えて話を進めます。

すると、誰の時間を買っているのかという話になってくるわけです。自ずと施術者の時間ということになります。施術者にしてみれば、時間を買われているわけで、その時間はお客さんのもの、ということになります。

私の中で密かに育っていたストレスの正体は、自分の時間を売っているという感覚だったのです。自分の人生の中からどんどん時間が奪われていってしまう、という喪失感みたいなものです。


時間を売らないと決めた


私はあるときから、時間を売らないと決めました。これは、施術中の時間は患者さんと共有しているだけと考え、患者さんに所有権を譲りません。これは私も自由に使える時間であることを意味します。その時間、施術をしなければいけないので自由はどこにもない、なんてことはありません。

時間を共有していても精神は自由です。施術をどうするかは自分で決められます。やるべきことを探すことは創造という仕事です。加えて、創作の時間としても使えるのです。私が具体的に創作したのは「整動鍼」です。患者さんと時間を共有しながら、創ってきたのです。

施術中の気付きを記録して、その気付きの再現性を確認してきたのです。この作業は一人ではできません。患者さんという協力者がいなければ無理だったのです。患者さんにその意図はありませんが、私の創作に付き合ってくれているのです。患者さんは私に時間を提供してくれていると言えなくもないのです。

そもそも、すでに時間を指標に考える話ではないのです。私が売っているものは、施術前と施術後の違いです。可動域の変化であったり、体感の変化です。感動を売っているなんていうとカッコつけすぎですが、そういうふうに言えなくもないのです。


時間と空間を共有する


を用意して開業すると、どうしても肉体の居場所は縛られてしまいます。本当はもっと旅行に行ったり、いろんな人に会いに行ったみたいです。それが正直な気持ちです。鍼灸師という仕事は好きで始めたわけですが、他人を羨ましいと思う感情が膨れ上がってしまうと嫌になってしまいます。

人体は広くて深いものです。鍼灸はツボを通じて人体の探求ができる職業です。それは患者さんと時間と空間を共有するから可能なのです。

こうした視点を持つと、施術が生産の時間と化すのです。私がこうしてブログを更新できるのも、日々の臨床がいろいろな気づきを与えてくれるからなのです。

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患者さんを治そうと思うほど 鍼灸師は疲れていく
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要旨: 摩耗しない生き方 私が鍼灸師としてよい仕事をする条件は「摩耗しない」だと考えています。鍼灸師は長く続ければ続けるほど味が出てくる仕事ですので、始めたばかりで摩耗してしまったらもったいないのです。もちろん“患者さんのために”施術をするわけですが、同時に“自...
患者さんを治そうと思うほと鍼灸師は疲れていく

摩耗しない生き方


私が鍼灸師としてよい仕事をする条件は「摩耗しない」だと考えています。鍼灸師は長く続ければ続けるほど味が出てくる仕事ですので、始めたばかりで摩耗してしまったらもったいないのです。もちろん“患者さんのために”施術をするわけですが、同時に“自分のために”施術をしないと心がどんどんすり減ってしまうのです。これは金銭的な報酬の話ではありません。

施術をすることのどこかに「与える」という感覚があったら要注意なのです。与えるということは、自分の何かを減らすということです。「与える」という言葉の裏には「何かが減る」という感覚があります。これは物質的な話ではなく心理状態の話です。仕事をすればするほど何かが減損していく感覚は施術者を不幸にしていきます。

私たちは「施術をする」という表現をよく使います。「金品や援助を与える」という意味で「施す」を使うことがあるので、そっちに引っ張られてしまう場合もあるでしょう。ですから、私はあえていいます。「患者さんに何かを与える必要はない」と。こんな書き方をすると、これを読んだ患者さんはどんな気持ちになるんだろう、と想像すると、ちょっぴり怖いです。


分かち合うという感覚


摩耗しない感覚があるのです。それは「分かち合う」という感覚です。私たちが行う施術を喩えるなら、冷蔵庫に入っていたケーキを出して取り分ける作業に近いのです。すでに価値あるものが存在していて、それを必要な部分を切り分けているだけなのです。私たちの中から価値を放出するわけではないので、いくら切り分けても私たちは摩耗しないのです。

この感覚は私の中では極めて重要です。「最初から価値は存在している」と考えるだけで、不思議なように疲れなくなるのです。疲労はゼロではありませんが、感じるのは活動における純粋な疲れだけです。

これをもう少し詳しく説明しましょう。たとえば、患者さんの顔を見てから「がんばろう」と思ったのなら、その場で価値を生み出そうとしている証拠です。がんばれば疲れます。いつか、そのがんばりを続けられなくなります。


価値を知る


食べていける鍼灸師とそうでない鍼灸師には明確な違いがあります。その差は鍼灸の価値を知っているか否かです。学校でちゃんと勉強しなさいという話ではなく、体験から展開される感覚の話です。自分が受けた体験でも、患者さんに施術をしたときの体験、どっちであっても、記憶に残る体験がなければ感覚で価値を理解できません。

「価値を知る」というのは、言い換えれば「人類が鍼灸という有益なものを所有している」という認識が当たり前として存在している状態に近いです。価値を知る者にとって、施術はこの共有財産を分かち合う行為なのです。

自分の中に価値をつくったら、自分の一部を切り売りしなければなりません。疲れてしまうのは当然です。最初から存在する価値を分かち合うなら疲れません。


自然法則の介入


患者さんを「治そう」と思っている人は疲れて摩耗します。そもそも患者さんを治せるはずがないのです。「治した」というのは錯覚以外の何者でもありません。治癒力を施術者が生み出すことはできません。治癒力ははじめから存在していて、うまく機能していないときに私たちのところに訪れるのです。私たちがやっているのは、眠っている力を覚ましている程度のことで「治す」なんていう神がかりな行為とは程遠いのです。

どうでしょうか。つながってきたのではないでしょうか。鍼灸の価値が私たちの外にあるように、治癒力も私たちの外にあるのです。私たちを飲み込むように自然法則が在るのです。

臨床で摩耗する鍼灸師は、気が付かないうちに自然法則に逆おうとしているのです。超能力を発揮しようとしているようなものです。鍼灸というものは、本来「自然法則にぜんぶ任せちゃおう」というコンセプトなんだと思っています。その自然法則が人体にも適用されているよ、というのが東洋思想における身体観です。

患者さんと私たちの間に自然法則を置く、その行為が鍼灸施術なのです。このように考えたら鍼灸師が摩耗するのはおかしなことに思えてきますよね。

この自然法則を楽しむ“ために”鍼灸師をやっているのだと思います。結果、それが患者さんの“ために”なっています。



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鍼灸はファン化ビジネスでよいのか? ― 医療インフラという視点から考える
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要旨: 前回の記事「なぜ“あの先生”が選ばれるのか」のつづきです。 鍼灸はファン化ビジネスでよいのか? 鍼灸を医療のインフラと考えるのであれば、どこに行っても同等の効果があるのが理想です。合理性を追求すればするほど、属人性が希薄になります。優秀なカリキュラムほ...
鍼灸はファン化ビジネスでよいのか

前回の記事「なぜ“あの先生”が選ばれるのか」のつづきです。


鍼灸はファン化ビジネスでよいのか?


鍼灸を医療のインフラと考えるのであれば、どこに行っても同等の効果があるのが理想です。合理性を追求すればするほど、属人性が希薄になります。優秀なカリキュラムほど希薄化を推し進めます。私がセミナーのカリキュラムを強化するほど属人性の希薄化を招くわけです。

経営の話題になると、鍼灸は「ファン化ビジネス」と分類されることがあります。「差別化」なんていう言葉もよく登場します。これは属人性を濃縮する方向性です。

つまり、私が行っているような技術系セミナーでは属人性の希薄化を促し、集客的には属人性を濃縮する方向になりやすいのです。

この辺のところは丁寧に考えた方がよいところです。当然ながら、セミナーで技術を磨く人は、その腕で多くの患者さんの役に立ちたいと思っているわけですから、噛み合わなくなってしまいます。シンプルな言い回しをすれば、技術を磨いているのに患者さんが増えていかなかったら悲しいわけです。

周囲を見渡せば「〇〇式」で溢れています。セミナーで習得した技術に独自の名前をつける、というのは属人性を濃縮させる簡単な方法だからです。「〇〇」に自分の名前をつければ、その方法における第一人者となれるからです。第一人者というポジションは属人性の最たるものです。誤解のないようにお願いします。「◯◯式」でやりましょうという話ではないのです。もっと気持ちのよいやり方を探したいのです。

結論に向かって書き進めますので、もう少し私の話にお付き合いください。


横方向に展開して成功する


ある日、SNSにこんな内容の投稿がありました。「◯◯(地域)にお住まいの患者さんを紹介したいのだけど、その地域で腕の良い先生を知らない」と。この投稿が目に入ったとき、その地域でご活躍の施術者はよい気分でいられなくなるだろうな、と思いました。どこの地域にも腕のよい施術者はいるのですが、つながっていなければ評判は耳に入ってきません。

円滑に紹介し合える関係はインフラとして機能します。紹介をすることもあれば、紹介をされることもある、そういうお互い様は経営にとってもプラスです。言い換えれば同業者から信用を得るという戦略です。私はこれを横方向の展開と言っています。自らの資金で店舗展開するのも横方向の展開ですが、そうなると鍼灸施術に専念できなくなります。臨床家であり続けたいという鍼灸師にとって、同業間のネットワークは経営の味方です。

この同業間のネットワークづくりをフォローできるのがセミナーです。


キレイゴトを言って成功する


セミナーの受講者には、たくさん稼いでほしいと心から願っています。「そんなのはキレイゴトだ!」と言ってもかまいません。どう思われても、売上が増えた受講者さんはまたセミナーに足を運んでくれますから、キレイゴトがこのビジネスの正解です。

無料セミナーはどうなのでしょうか。中にはずっとボランティアで後進育成をされている先生もいらっしゃいます。私は無料では続けられません。会場代や講師やスタッフの費用を負担し続けることはできないからです。セミナーを継続させていくには有料が条件です。

用具メーカーが行うセミナーはフロントエンドですから低料金であることが多いです。私のようにセミナー単独で利益を上げる必要がある会社からしてみたら脅威です。ですので、学びを深めていける環境と、喜びを分かち合える仲間づくりをお手伝いする、というこれまたキレイゴトを整えていくことが重要になってきます。

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なぜ“あの先生”が選ばれるのか:合理の穴に落ちる技術屋
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要旨: 教える仕事 2009年からセミナー事業を行っているので「人に伝える」ことを仕事にして17年が経ちました。そんな私ですが、子どもの頃から教師に憧れて…なんていう背景はありません。でも振り返ってみると、教える仕事を学生時代から色々やっていました。これが自分でも不思...
なぜあの先生が選ばれるのかー合理の穴に落ちる技術屋

教える仕事


2009年からセミナー事業を行っているので「人に伝える」ことを仕事にして17年が経ちました。そんな私ですが、子どもの頃から教師に憧れて…なんていう背景はありません。でも振り返ってみると、教える仕事を学生時代から色々やっていました。これが自分でも不思議なんです。

大学生のときは、アルバイトで家庭教師、冬はスキー教師(当時は準指導員を所有)をしていました。変わったところでは健康運動サークルの先生の助手なんかもやりました。鍼灸の専門学校に入ってからは、塾講師で高校生を教えることに。このバイトは予習がきつくて3ヶ月でやめました。さっき書いたように「教えたい」という感情でやっていたわけでないのです。

鍼灸師になってからもセミナー事業を始めることになるなんて思っていませんでした。こういう書き方をすると仕事に対する情熱を疑われてしまいますが、私としては教えることは常に手段という位置づけでした。それぞれに目的があったのです。

たとえばスキー教師。お金がなかったので交通費もリフト券も買えませんでした。なので、宿に住み込みで入り、お客さんの食事の準備や後片付けをしたり、そして昼間にはスキー場に行って練習。こんなふうにスキーの腕前を上げて資格を取って、スキー教室に入り込んで…という流れでした。

塾講師は時給がよかったからです。お金に目がくらんで始めたんですが、毎回予習が必要だったので、実質的な時給は最低ランクに。3か月しかもたなかった理由はこれです。認識が甘すぎました。ごめんなさい。


合理には穴がある


前置きが長くなりましたが、今回はセミナーを長く運営してきた者として、セミナー事業から得られるもの、そして限界について書こうと思います。

セミナーをやってきてよかったのは、何をおいても同業者を中心に“人とのつながり”が増えたことです。全国各地に知り合いが増え、国境を超えたつながりもできました。“人とのつながり”は私との関係だけではありません。セミナーを舞台にして受講者さん同士がつながっていきます。「仲良くしているあの人とあの人はセミナーがきっかけだったなぁ」と声には出さずに楽しんでいます。

「鍼灸師として食べていく」ということに限って言えば、一匹狼でもよいと思います。ただ、私には無理です。「この仕事、最高だね」と言い合える仲間がいないと幸福感を得られません。好きなものでは合理を追求できないのが人間の性(さが)というものでしょう。そうはいいつつも、セミナーで提供する価値については合理をパッケージングするように努めています。内容にどれほどの経済的価値があるのかは理性で考えています。

一度セミナーに来てくださった方はわかると思うのですが、私の講義も実技も理論も合理で固めています。それをウリにしています。だから、私の説明が足りないと受講者を合理の穴に落としてしまうことがあります。合理の穴とは、合理的な施術ほど価値があると思って施術が事務的になることです。臨床の現場では合理的すぎるものは嫌われます。


評価の矛先


私は頭の中でシミュレーションしたことがあります。どんな症状にも効果がある魔法のツボがあったとします。そのとき、2つの使い方があります。一つ目は「こういうとき、よく効く定番のツボがあるんです」と言ってから施術をします。二つ目は「私だけは、こういうとき、このツボがよく効くと知っています」と言ってから施術をします。魔法のツボなので効果はテキメンです。

シミュレーションしたのは、施術を受けた方が何を「すごい」と評価するかです。一つ目はおそらく東洋医学。二つ目はおそらく施術をした鍼灸師。そしてファンが多くつくのは二つ目のパターンです。合理的な施術には代わりがあると無意識の中で判断がくだされるからです。直接的な言い方をすれば希少性を演出した方がファンがつきやすいということです。

実は、むかし言い方を変えて試してみたことがあるのです。著効が出たあとに「東洋医学ってすごいですよね」「鍼灸ってすごいですよね」と「東洋医学」や「鍼灸」を主語にした言い方をすると、患者さんがこう言ったのです。「鍼灸のこと、ちょっと疑っていたんですよ。こんなに効くとは思っていなかったです。近くにも鍼灸院があるので次からそっちに通おうと思います。」と。

「鍼灸師なら誰がやってもこれくらいの効果は出せます」と思われたら、近くの方が便利だと思うのは当然です。

だからといって「オレだから治せるんですよ、ドヤ!」ってのはダサいわけで、じゃあどうすればいいのかって考えたくなるのが私の性です。

つづく…


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経営危機の中であえて崖っぷちを選ぶ理由
公開:
要旨: 今回は経営危機の第三弾です。第一弾、第二弾をお読みでない方はそちらもぜひ。 1 「根拠のない自信と患者ゼロの日々」(4/16) 2 「技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実」(4/18) 本題に入る前に、知っておいてほしいことを書きます。最近ではSNSを軸に日...
経営危機の中であえて崖っぷちを選ぶ理由

今回は経営危機の第三弾です。第一弾、第二弾をお読みでない方はそちらもぜひ。

1 「根拠のない自信と患者ゼロの日々」(4/16)
2 「技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実」(4/18)

本題に入る前に、知っておいてほしいことを書きます。最近ではSNSを軸に日本中の鍼灸師が情報を発信していますが、そういうところで目に入る鍼灸師は生き残り組なんです。もちろん、活躍している鍼灸師がすべてSNSに力を入れているわけではありませんので、知る人ぞ知る鍼灸師がいたりします。

鍼灸師になった全員が鍼灸師として活動できるわけではないというのが現実です。

2つ前の記事に書いたような「患者ゼロ経験」は特別なものではなく、多くの鍼灸師が遭遇し得るものなのです。平均的な鍼灸師は食べていけません。フツーに鍼灸師をしようと思っても、フツーでは及第点に届かないのです。

ここから先は、私がどうやって「フツー」を捨てたのかというお話です。


緊急事態宣言


努力だけではどうにもならない状況があります。あの新型コロナウイルスがそうでした。容赦なく私の努力をぶっ壊していきました。若い鍼灸師に「あの頃大変だったんだよ」という話をすると「あのときは高校生でした」なんて返ってきて、時代の流れは速いなぁと思います。

コロナ禍が始まった2020年、うちには3人の新人がいました。前回の記事で書いた通りスタッフが引き抜かれてしまったので新たに雇い入れたのです。新しいスタッフを育てて新体制をつくろうとした矢先、緊急事態宣言が発出されました。「不急不要の外出は避けましょう」となったあれですね。

新人はすぐに戦力になりませんから、人件費の負担だけが重くのりかかります。「ソーシャルディスタンス」という言葉がメディアに溢れるほど患者さんは減っていき、半分以下になりました。

その頃は採用を見直す企業が多発していました。うちは採用を取り消すことはしませんでした。というよりスタッフが流出してしたので、取り消す方がリスクが高いと考えたのです。問題は財源です。

売上は悲惨でした。目も当てられなくなったのはセミナー事業です。鍼灸院経営の他にセミナー運営をしていたのですが、開催ができる状況ではなくなり、中止、中止、中止。


二度目の借金


ここで私を突き動かしたのはあの言葉です。

「銀行は晴れた日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる」

残高が減ってからでは遅いのです。大丈夫なうちに備えなければと、政策金融公庫と地元の銀行に相談に行きました。そして借りられるだけ借りておいたのです。3年間は利子の返済が免除されるという特別措置があったので、借りる以外の選択肢は頭にありませんでした。

ここで勝負に出ました。

品川の鍼灸院(カポス)を移転させることにしたのです。移転と言っても、同じ品川駅の徒歩圏内に。ここで大きな額が出ていくことになりました。移転することにしたのは、セミナー会場を確保するためでした。セミナーがあるときだけ借りていた会議室が、コロナ禍の煽りを受けてなくなってしまったのです。コロナ禍が明けたとき、セミナーを再開しようと思っても会場がなければできません。「いつか」に備える投資として、セミナー会場としても使える物件に移ろうと思ったのです。広いところが必要ですので家賃が上がるのは覚悟の上で。

よい物件と出会うには最高のチャンスでした。テレワークという言葉が飛び交う時期だったので、空き物件が増えていて探しやすくなっていたからです。

と言ったところで人材不足の難は消えていません。前回の記事に書いた通り、スタッフがいっせいに辞めていたからです。品川で残っていたスタッフは鍼灸師が一人と学生のバイトが一人。

撤退という安全牌を無視して、群馬で研修を終えたスタッフが行くまで耐えてほしいと願っていました。最悪な結果となりました。品川に送り込む予定だった新人スタッフがメッセージを残して辞めていったのです。「君は何のために10か月も研修を受けていたんだ?」という疑問と向き合っている余裕なんてありません。

マ、マズイ…


救世主現る


神は私を見捨てませんでした。即戦力が2つも向こうからやってきたのです。一つ目は、整動鍼セミナーの受講者の石井くんが入ってくれて3か月の研修のみで即戦力になってくれたことです。

この3か月が短いかどうかは意見があるところだと思います。鍼灸院によっては新人鍼灸師が1か月もしないうちに現場デビューするところもあります。業務内容によってまちまちなので、標準を定めることはできません。うちでは半年~1年くらいを目安にしているので、石井くんは赤い彗星シャアのように3倍くらいのスピードでした。石井くんとは、カポスの副院長の石井佑のことでダブルエースのうちの一人です。

二つ目の即戦力が楠さんです。石井と同様に副院長です。副院長を二人設定しています。品川の鍼灸院(カポス)には、副院長を二人設定しています。理由は単純です。患者さんが予約をする際に副院長でない方が担当になるとハズレ感が生じるためです。実力が拮抗していて料金に差もないので、どちらも副院長です。ちなみに院長は私です。週一回(金曜日)しか行っていないのですが。

話を戻しますね。

楠はもともと独立して音楽家に向けた鍼灸院をやっていたのですが、コロナ禍に飲み込まれてしまいました。無理もない話です。あの時期、コンサート、ライブなどの音楽活動は「不要不急」扱いされてしまっていて、音楽家のコンディショニングの需要がゼロに近いレベルでなくなってしまったのです。

その楠が合流することになったのです。総合的な鍼灸をやりながら、音楽家の需要回復を待つ作戦でした。しかも、楠は整動鍼のセミナーの受講者でもあったので、対象が音楽家でなくても対応できるので即戦力として申し分ありませんでした。前回の記事に書いた通り、多言語に対応できるという想定を超えた能力の持ち主です。

状況は階段を一歩一歩登るように回復していきました。それから数年が経ち、外国人の患者さんを積極的に受け入れられるようになり、石井も英語力の強化の真っ最中です。


組織運営の転機と学び


ここに書きづらい危機も何度もありました。

共同経営において、経営上の透明性に関わる問題が発生し、結果として関係を解消するに至ったこともあります。

また、学術団体の組織運営においても、中核を担う立場との間で、運営方針やコンプライアンスに関わる深刻な問題が生じ、体制の維持そのものが揺らぐ局面がありました。その経験を踏まえ、現在は目的や方針を共有しながら、それぞれが安心して力を発揮できる、無理のない関係性と組織づくりを大切にしています。


危機を選び続ける理由


ここまで書いて気がついたのですが、経営危機は自分から招いているとも言えるのです。リスクを取りに行っているのは私です。

だからといって行動を変えようとは思いません。

理由は簡単です。私は平凡な人間だからです。花もなければカリスマ性もありません。そんな私が鍼灸院を2つ経営し、学術団体まで運営しているのは、自分を常にギリギリに置いてきたからに他なりません。毎日を夏休み最後の日にすることで、本来の力を絞り出す環境を作ってきました。

環境が能力を引き出してくれたのだと思います。トキワ荘をご存知でしょうか。藤子不二雄、石ノ森章太郎、赤塚不二夫…など、著名な漫画家を数多く排出したアパートです。たまたま天才がここに集まったと考えることもできますが、天才が近くにいると、眠っている非凡なるものが開花してしまうのでしょう。

私にも非凡なるものが眠っているのなら、引き出せる環境に身を置くしかありません。鍼灸師の免許を取ったとき、鍼灸で食べていけるだろうかと最初から崖っぷちでした。攻めるしか選択肢がない状況だったのです。それは今も同じです。安全圏に身を置きたいと思っても、そんなところがあるように思えないのです。鍼灸師になってから安堵感を味わったことは一度もありません。たぶん、安堵感が訪れた瞬間に次の危機がやってきているのかもしれません。

今も、経営危機は続いています。この一文だけ切り取られてしまうと困りますが、自分の中に危機感が常駐しているからこそ、安心感に飢えることができます。安心感を切望するエネルギーが私の機動力ではないかと思います。

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技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実
公開:
要旨: 前回の記事「根拠のない自信と患者ゼロの日々」では、スタート直後に遭遇した経営危機について書きました。実家の一室を利用して開業し、インターネットを介して患者さんがなんとかやってくるようになった私です。 だから怪しいって言われる 下の写真をご覧ください。私は...
技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実

前回の記事「根拠のない自信と患者ゼロの日々」では、スタート直後に遭遇した経営危機について書きました。実家の一室を利用して開業し、インターネットを介して患者さんがなんとかやってくるようになった私です。

だから怪しいって言われる


下の写真をご覧ください。私はここからスタートしました。画像が小さいのはお許しください。昔はダイヤルアップで接続する人のために画像はあえて小さくしていました。ダイヤルアップの速度がイメージできない人は、速度制限中のスマホとほぼ同等だと思ってください。

養気院の外観(実家時代)
入口(普通に実家の玄関の隣に強引に作ったもの)

養気院の待合室(実家時代)
待合室の椅子に座った目線から(これでもきれいに見せているつもり)

養気院の施術室(実家時代)
施術室(怪しさしかありません)

わかっていただけていると思いますが、自慢したくてこの写真を出しているのではないんですね。もちろん、若手に勇気と自信を与えるためです。これでも患者さんが来てくれたのですからすごくないですか?

「鍼灸を怪しいものにしたくない」などと普段から偉そうに語っている私ですが、その私が先頭に立って怪しさを広めていました。でも、誤解しないでください。この怪しさが経営危機を招いたのではありません。むしろ、自宅開業は固定費を低く抑えることができるので生存戦略としてアリという立場です。

スタッフが続々と去っていく


では、ここから本題に入っていきましょう。こんなふうにスタートとしたわけですが、それから16、17年が経つと、実家とは別に鍼灸院(2003年~)を建て、東京に2院目の鍼灸院(2014年~)を経営するようになっていました。

このあと廃業の一歩手前を経験するのです。舞台は品川でした。タイトルを読んで予想はされていると思いますが、スタッフが次々と辞めてしまったのです。

問題が起きたのは品川の鍼灸院が始まって3年が過ぎたあたりです。スタッフの一人が独立で退職、そこに引き抜きが重なり退職が連鎖したのです。引き抜きをしたのは独立したスタッフ。

退職前は遠い地で開業するという話だったのですが、直前で話が変わり、そんなに遠くないところになりました。患者さんもまるっと移動したので、うちの院の予約はスカスカに。

その後、群馬でも問題が起こりました。スタッフが家庭の事情で地元に戻らなければならなくなったのです。退職したあと、なぜか独立した元スタッフが開業した院で見慣れた名前がありました。

北海道の病院から声がかかって抜けた者もいました。引き抜きなんて珍しいことではないでしょうが、ここまでごっそりやられた人は私くらいじゃないでしょうか。

それで東京の鍼灸院に残ったのは一人だけ。もし一人も残らなければ閉院でした。まさに首の皮一枚。


退職の原因はコミュニケーション不足なのか


誰かに相談すると「コミュニケーション不足だね」と返ってきます。そうかもしれませんが、これを言われ続けると病みます。

この経験があるから、従業員が突然やめて困っている経営者に対して「◯◯が悪かったんじゃない?」なんて分析して伝えることは絶対にしません。自分を責めている人をさらに追い込むことになるからです。

もし相談するなら社労士さんをおすすめします。社労士さんは構造で問題を考えてくれます。従業員の立場も経営者の立場も理解しているので的確なアドバイスがもらえます。一方的に経営者が悪いって言わないと思います。


スタッフがやめる理由


構造で考えるとシンプルな答えが得られました。私の鍼灸院に就職したスタッフは整動鍼を学びたくて集まり、外には整動鍼を習得した鍼灸師を欲しがる人が多かったのです。「整動鍼ってなに?」って人はこちらからお願いします。

私は鍼灸院の経営と併せて技術系のセミナーを開催しています。ここでやっているものが整動鍼で、この整動鍼を習いたくて入社を希望する人が多くて、そういう人を採用していたのです。

整動鍼のマスターが目的なので達成したら離れていくのが自然な流れ。整動鍼をマスターしたあとも辞めずにいて欲しいなら、残ろうと思えるほど強い理由をつくる必要があったのです。

これは私だけの問題ではありません。教育して戦力になったと思った途端に独立してしまい、「何のための教育だったのか…」と力が抜けてしまった開業鍼灸師はいくらでもいます。院長一人の鍼灸院ばかりである理由はこのあたりにあります。

話は戻ります。この集団退職は序の口でした。本当の経営危機はこのあとやってきます。みんなが知っている、あの新型コロナがやってくるのです。売上がピークの8割減。さて、どうなるか…。次回、私は大きな決断をすることになります。

つづく…

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根拠のない自信と患者ゼロの日々 ~鍼灸へのこだわりが招いた経営危機~
公開:
要旨: 「開業鍼灸師がブログに残してきた思考の軌跡」の続き 経営危機は3回 転んだのは誰かのせいかもしれない。けど、立ち上がらないのは誰のせいでもないわ ルパン三世の峰不二子が発した言葉としてあまりにも有名です。有名かはさておき、鍼灸院経営もこれなんですよね。経営...
根拠のない自信と患者ゼロの日々

開業鍼灸師がブログに残してきた思考の軌跡」の続き

経営危機は3回


転んだのは誰かのせいかもしれない。けど、立ち上がらないのは誰のせいでもないわ

ルパン三世の峰不二子が発した言葉としてあまりにも有名です。有名かはさておき、鍼灸院経営もこれなんですよね。経営していると運の要素は大きいなぁと思います。そういう意味で私は運がよい方なんだと思います。誰が言ったか知りませんが「運も実力の内」とはよく言ったもんです。

この辺の話はいくらでも転がっているので、自分自身が起き上がった話とその理由について書いてみようと思います。前提としてお伝えしたいのは、経営危機が何度もあったことです。鍼灸院を続けていられなくてもおかしくはありません。

まずは、経営危機について書いてみようと思います。経営危機は3回です。悲壮感が出てはいけないので、かる~いタッチで書くことにします。


開業して最初にやる仕事は電話線チェック


2000年代の初頭。

最初の経営危機はスタート直後にやってきました。患者さんが全然来ません。もちろんゼロの日だってありました。電話線が抜けていないか1日に何度も確認しました。

何を支えにしていたのか。それは単純。「自分ほど鍼灸が大好きな人は見たことない」という感覚です。実際にそう感じていたのか、そう思い込もうとしていたのかはわかりません。誰も否定ができない自分だけが納得している根拠です。まさに、根拠のない自信です。

自信家なのに患者さんが来ない。端から見たらこんなに滑稽なことはありません。超かっこ悪いです。でも、企業していきなり順調なんてSNSの中だけの話です。実際には、多くの起業家が自信をもって事業を始め、売上が上がらない時期を経験しているはずです。


「患者様の笑顔が~」とか言ってる場合じゃなかった


問題は患者さんがいないこと、売上がないことではありません。その時期をどうやって過ごすかです。なんかかっこいいことを書きそうな雰囲気になっていますが、感情的には、カッコ悪い状況を早く抜け出したいと思っているだけです。

ネットや広告で「患者様の笑顔を見るのが幸せです♪」という宣伝文句をよく見かけますが、自分が笑えない状況でそんなふうに思う人はいません。いたら病気です。


「ネットで患者は来ない」と言われていた時代


幸い私は健全な精神で「やばいよ、やばいよ~」と心の中で叫んでいたわけです。で、実際に何をしていたかというと、ひたすらWebサイトをつくっていました。いわゆるホームページです。ずっとパソコンと向き合っていました。患者さんの方は見ません。だって、いないから。

当時は高速通信が当たり前ではありませんでした。ちょうどADSLが普及し始めた頃です。街でSoftBankと書かれた赤い紙袋が配られていた頃の話です。もちろん、スマホなんてありません。

「ネット」なんて言葉は誰も使っていません。ちゃんと「インターネット」と言っていた時代です。「インターネットで患者さんが来るわけねーじゃん」といろんな人から言われました。「だってオマエの仕事は高齢者がターゲットだろ。使っている人なんてゼロ。わかってる?」って感じです。

私の心が悪意に変換しているので、こう聞こえていたのですが、実際はすごく親切な言葉でアドバイスをしてくれていたと思います。そういう親切をすべて無視。空き時間はパソコンに向かっていました。父親には「インターネットばかりやっているから患者が来ないんだ。禁止にする!」と何の権限があって言っているのか、わかりませんが、それも無視。

自信過剰で何の結果も出していないめんどうな存在、それが20代半ばのクリ助です。クソ助ですね。


マッサージすればいいのに…


そういえば「マッサージすればいいのに…」というアドバイスもいっぱいもらいました。そうなんです。私は鍼灸師であると同時に「あん摩マッサージ指圧師」という国家免許を持っているのです。いつのまにか整体師の方が格上みたいに思われていますが、整体師には免許がないですからね。「整体師」は自称の職業です。

話を戻します。私は鍼灸(得に鍼)をしたいと思ってこの道を選んだので、「マッサージすればいいのに…」は転職しろと言われているのと同じ意味でした。誤解のないように言っておくと、マッサージを否定しているのではありません。ケーキ屋さんになりたいのに和菓子屋をすすめられているような意味なのです。あん摩マッサージ指圧は、私にとってケーキの修行中に勉強した和菓子なのです。

鍼灸への強いこだわりが経営危機を招いていました。でも、やっぱり私が睨んだ通りインターネットの時代になっていきました。「みんなわかってた」とツッコミを入れたくなる場面かと思いますが、その当時は全力でチラシを撒いていた時代です。タウンページも健在でした。


ネットの時代キターーー!


自宅(農家の一室)で開業していたのに、それでもインターネット経由で患者さんがやってくるようになり、なんとか開業即廃業だけは回避できました。

ここで言いたいことを一言で表すと「孤独」です。私なりに孤独を楽しめていたのは、鍼灸の価値をわかっていたからです。カッコよくまとめてみました。次回は第二の経営危機について書きます。人が転んでいる姿を見たいという根性をお持ちの方は次回の更新を楽しみにしていてください。

つづく…「技術を教えたら辞めていく鍼灸院の厳しい現実

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開業鍼灸師がブログに残してきた思考の軌跡
公開:
要旨: 開業23周年 昨日、鍼灸院を開院してから23年が経ちました。実は23年周年の記念日であることに気がついていなくて、スタッフに教えてもらって気が付きました。はずかしながら余裕がありませんでした。 数字的にはきれいな節目とは言えませんが、ここまで鍼灸院をやってきて...
開業鍼灸師がブログに残してきた思考の軌跡

開業23周年


昨日、鍼灸院を開院してから23年が経ちました。実は23年周年の記念日であることに気がついていなくて、スタッフに教えてもらって気が付きました。はずかしながら余裕がありませんでした。

数字的にはきれいな節目とは言えませんが、ここまで鍼灸院をやってきて思うことを今日は書き綴ってみようと思います。私の経験が、どこかで誰かの役に立つかもしれない、そんな淡い期待を抱きながら。



ブログは画期的だった!


私の鍼灸師人生はこのブログと共にあります。最初の記事はこちらです。
ツボの探し方」(2004年10月18日)

開業した当時はブログが登場したばかりで、普通の人が気軽にネットで情報発信ができるようになったのです。今ではSNSで自分の意見を言うなんてあたりまえの話ですが、私が若い頃はいわゆる言論人のみがテレビ、新聞、書籍で発信するのみだったのです。一般人は単なる読み手です。

最初はおっかなびっくりです。見知らぬ人に情報が届くことに対するスリル。ブログはアフィリエイトというビジネスを育てることになりました。ブログに来た人に何らかの商品をおすすめして成約が取れると、お金がチャリンと入る仕組みです。

これはこれで大変なんですよね。読みたくなるような文章を用意しなければならないわけですから。私もアフィリエイトのアカウントを取得していましたが、それを目的に書いていると思われるのは嫌だなぁと思って途中から捨てました。何か月もがんばって数万円くらいの売上にしかならないので未練はありませんでした。


ブログがもたらしたもの


ブログがもたらしてくれたのはお金じゃありません。ブログを通じていろいろな人と出会えたのです。当時は、出会いといえば対面だけでした。それ以外がないわけではありませんが、文通、アマチュア無線、パソコン通信など、今では「なにそれ?」なものばかりです。

昨今はネットで出会うことのマイナス面が社会問題として取り沙汰される時代ですが、最初は恩恵が目立っていました。その恩恵にあやかることができた最初の世代かもしれません。

鍼灸のことを書いているブログですから、つながるのは同業者が多いわけです。同時期に開業した人と情報交換をしたり、実際に行き来してみたりと。その延長上に、患者さんとなる人とのつながりがあるのです。これだけを切り取ってしまえば、集客のための記事と言われてしまうのですが、私がブログを続けてきたのは集客のためではありません。

つながった人の誰かが患者さんになるのです。もし、私が患者さん集めのためだけにブログを書いていたら、今のスタッフと出会うこともなかったでしょうし、スペインでセミナーを開催することもなかったでしょう。ブログは機会と運んできてくれました。


ブログの一番の読者は自分


普及すると同時に集客するには◯◯ブログがいいよ、といった類の情報が飛び交うようになりました。有利なメディアを使うのは広告戦略としては必要なのでしょうが、私はいっさい浮気をせずずっとライブドアブログです。

私自身を書き写すことが目的だったからです。一番の読者は未来の私です。出会いの機会も副産物として考えているのです。ブログはもともと公開日記です。私が未来の自分に読んでほしいのは、その時の「思考」です。その時の自分を一番説明できるものは「何を考えていたのか」です。

貫いてきたこともブレてしまったことも変えてきたことも、このブログの中にぜんぶ詰まっています。開業鍼灸師が22年の間、思考の足跡を残してきたと言ったら大げさかもしれませんが、私にとっては鍼灸師人生そのものです。

ブログからどういった展開になっていったのか…。
この続きは次回。「根拠のない自信と患者ゼロの日々

鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
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なぜバレエは続けるのがこんなにも難しいのか
公開:
要旨: 我が娘、中学生最後のコンクール 4月から高校生となる娘がコンクールに出場しました。まずは結果から。 ジャパンバレエコンペティション東京(4/2開催) 7位 マーティプレバレエコンクール(4/3開催) 2位 結果が娘そして私たちの家族にとってどういう意味を持つのか、...
なせバレエを続けるのはこんなにも難しいのか

我が娘、中学生最後のコンクール


4月から高校生となる娘がコンクールに出場しました。まずは結果から。

ジャパンバレエコンペティション東京(4/2開催) 7位
マーティプレバレエコンクール(4/3開催) 2位


バレエ_栗原ちなみ

結果が娘そして私たちの家族にとってどういう意味を持つのか、そこまで含めてお伝えしようと思うので、ちょっとだけ前置きがあります。

前回の出場からは半年以上が空いています。高校受験で出場を自粛していたからです。バレエは大事ですが、同じように高校進学も大事な目標でした。ただ、単純に高校受験のためにコンクールを自粛していたわけではなく、バレエをどう続けるかという大きな問題を、本人そして私たち家族が抱えていたのです。

この数ヶ月、バレエを続けていくのは本当にむずかしいことだと改めて思い知らされました。本人のやる気、という言葉では片付けられない複雑な事情が待ち構えているのです。もちろん、本人のやる気が中心であることは間違いなく、それがなければバレエという世界に居続けることはできないでしょう。


バレエはスポーツではない


もしかしたら「バレエを子どもに習わせてみたい」とお考えの方がこの記事を読んでいるかもしれませんので、そういうお父さんお母さんに一番伝えたいことがあります。それは「バレエは芸術であってスポーツではない」ということです。

良い踊りは主観で判断されます。バレエはメソッドが歴史の中で練り込まれているので「バレエの動きとはこうです」という明確なものがあります。運動神経が良いからバレエも上手くできるということはなく、バレエの動きを幼少期から刷り込むことでバレエ特有の動きを習得できるのです。特に、アンデオール(en dehors)という、股関節から脚全体を外側(外旋)に回す技術・ポジションができないと、バレエになりません。

これは「つま先を外に向けておく」という見た目だけの話ではなく、バレエが設定している各種の動きはアンデオールができていないとできないのです。バレエ経験者ではない私にはここから先を語る資格がありませんが、娘のバレエに関わる中で、バレエとバレエらしきものの違いはわかるようになっています。

実際に、アンデオールがあまければコンクールでは目を覆いたくなるようなひどい点数がつきます。娘もそういう点数を何度も突きつけられてきました。ジャッジシート(審査員のコメント)には「BASIC」と一言書かれていることもありました。このBASICはこれまでの課題であり、これからの課題でもあります。


バレエは芸術


このように、「バレエとはこういうもの」と定義がはっきりしているので、審査において線引きしやすい基準となります。

踊りがバレエとして成立するレベルになったあとは、バレエは芸術なんだと思い知らされます。コンクールは技術的要素を判定する場でありながら、同時に「美しさ」を競う場でもあります。これがスポーツではないと言った理由です。

美しさの判断は審査員の感性に委ねられます。何が美しいのか、それは審査員の心の中にあります。芸術には公平なんて言葉はありません。誰が審査員の心に届けられるか、そういう話です。音楽の世界もそうなのかもしれないなぁと思いながら書いています。


バレエ教室の色


バレエを続けていくのがむずかしいと感じたのは、昨年末、それまで所属していたバレエ教室をやめたからです。早い話、コンクールに出るためにはバレエ教室をやめなければならない、そんな状況になったのです。


バレエ教室にもいろいろあって「バレエ教室」という一言では表せないほど多様です。これは、実際に体験してみないとわからないと思います。それぞれにバレエ教室の方針があります。

その一例として、どの教室でもコンクール出場をサポートしてくれるわけではありません。また生徒さんたちがみんなコンクールを目標にしているなんてこともありません。

コンクールがすべてではありませんから、コンクールに出場しなくてもバレエは楽しめます。その一方でコンクールが控えているからこそ、本人も家族もがんばれる場合もあります。


コンクールの意味


娘が小学生から中学生になるとき、バレエを続ける条件としてコンクールで結果を出すことを求めました。教室までの送り迎えも必要ですし、お金もかかります。緊張感なくやって、時間をつぶすだけの習い事にはしてほしくなかったのです。

もちろん、この価値観は誰にでも理解してもらえるとは限らないことは承知しています。ただ今回はこの点でバレエ教室の方針と合わなかったのです。実際、その教室でコンクールに出場していたのは娘ただ一人で、特別に出場を許してもらっていたのです。

バレエ教室はありそうでなかなか見つかりません。通いたいと思う教室があっても、通える距離になければ意味がありませんから。高校受験が終わったらコンクールに出たい、でも練習する場もない、という状況が昨年の11月です。


バレエスタジオをつくる


ここからは力技です。スタジオをつくることにしました。バレエ教室には免許や資格制度はなく、やろうと思えば誰でも始められます。とはいえ、それを公の場で口にする人はいません。バレエ界に何のコネクションもないフリーな立場だからこんなことを書けるのだと思います。

誤解されないように書いておくと、バレエに対するリスペクトがなければ、娘をコンクールに出そうとは思いませんし、教室をつくろうなんて思わないわけです。この記事、バレエ界のすごい人が読んでいたらどうしよう、とヒヤヒヤしています。

ガラクタ置きになっていた倉庫の2Fを改装してつくったのがこちらです。2週間でつくりました。その詳細は別の機会にしようと思います。

StudioKP(養気院)

けっして広くはありませんが、一人で使うのでなんとかいけそうです。問題は床でした。バレエは床が重要なんです。ベニヤ板のままというわけにはいかず、奮発しました。バレエ専用として評価が高いTMフロアを敷くことに。私も舞台設置や片付けを手伝ったことがあるのですが、バレエのときは特別なシートを貼り付けます。適度にグリップしてくれる絶妙な素材です。見た目はただのグレーのシートなんですけどね、これがまあまあ高いわけです。

TMフロアを敷く

「娘のために」というと、ただのバカ親になってしまうので、鍼灸院の付属施設としてつくり、それを娘も使えるという形にしました。それでも、ただのバカ親ですが。

私の鍼灸院には、スポーツをやっている人もたくさん訪れますので、施術の前後で実際に体を動かしてみて調子を確認するなんてことがこれからはできるようになります。足裏の重心測定なども、ここですでに行っています。話題がバレエから遠ざかってしまうので、この辺りは別の機会に書くことにします。

足裏重心測定_StudioKP(養気院)

そういうわけで、私は今、バレエスタジオの代表になっています。芸術面では何にも言えませんが、身体のケア、身体の使い方指導、そしてバランス調整など、できることはあります。バレエの関係者に生意気なことは言わないので、まあお許しいただければと思います。

高校に入学してから、新しい出会いもあると思いますので、新しい環境で挑戦となるかもしれません。バレエを続けていくというのは、お金もかかりますが、覚悟も試されます。プロになってそれらが回収できるなんて保証はありません。

だから、重要なのは、“いま”に納得しているかだと思うのです。だから、娘に投資しているわけじゃないのです。結果が出るときも出ないときも、そこから何かを学び、人生を豊かにする糧となればよいのです。

バレエ_栗原ちなみ

また新しい道が待っている。




鍼灸のクリ助ch.(YouTube)
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はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
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