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| 鍼灸師のツボ日記 | ||
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| 最終更新日 | ||
| 要旨 | 田舎の鍼灸師クリ助の臨床奮闘記 群馬と東京で鍼灸院を営む鍼灸師。ツボをこよなく愛し、鍼灸の魅力を語り始めると止まらない。 | |
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| 言語 | ja | |
| 鍼灸で花粉症は治るのか? ~治ると無症状の違いから理解できる鍼灸の効果~ | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 花粉症は鍼灸で治るのか? 「花粉症のツボ」というタイトルでYouTube(動画)を制作したのですが、その中で「治る」という表現はあえて避けました。鍼灸を受けることで「治った」という人が出てくるという表現に留めています。花粉症の鍼灸治療を本格的に始めてから10年以... | |
![]() 花粉症は鍼灸で治るのか?「花粉症のツボ」というタイトルでYouTube(動画)を制作したのですが、その中で「治る」という表現はあえて避けました。鍼灸を受けることで「治った」という人が出てくるという表現に留めています。花粉症の鍼灸治療を本格的に始めてから10年以上経ちましたが、実際に花粉症状が①全く出なくなる人、②軽くなる人、③変わらない人、がいるわけです。 本当は「鍼灸で花粉症が治る!」と言いたいところですし、多くの方が治る方法を探してネットを走り回っているのではないでしょうか。この記事では「実際はどうなのか」に焦点を当てて、鍼灸の効果に期待しつつ期待しすぎない情報をお届けしようと思っています。 鍼灸師の立場から発言すると「花粉症には鍼灸が一番」という空気がまとわりつきやすいので、それを払拭しながらいきたいと思います。そもそも私が花粉症の治療に携わっているかといえば、シンプルな理由で「花粉症の症状、鼻水や鼻づまりが施術室の中で取れるという経験をしたからです。「これはすごい!」と人として素直に思ったわけです。 ただ、一時的な改善であることの方が多いので、このままずっと症状が出ないようにするには、どうしたら…と模索してきたわけです。そして、ある程度の成果が得られるようになってきたわけです。 季節性と通年性で大きく異なる難易度あとでがっかりされると困るので、最初にどういう人の症状が改善しにくいかお伝えします。それは、一年を通して鼻炎がある通年性のアレルギー性鼻炎です。季節を問わずに鼻炎が続いているものです。ちなみに、花粉症の医学的な正式名称は季節性アレルギー性鼻炎といいます。 つまり、花粉症と言われる季節性の症状は比較的寛解しやすく、季節に関係なく症状があるものは寛解しづらいということです。経験則では5倍くらいむずかしく感じます。慎重な表現が必要なことは承知していますが、季節性であれば高い確率で症状が軽減します。 鍼灸治療の回数と期間どれくらいの頻度でどれくらいの期間の治療が必要か 私の鍼灸院での話になりますが、週2回の通院をお願いして施術は5回単位です。現実的に1回の施術で「治りました!」なんていう感想をいただくのはむずかしいです。花粉の飛散量で症状は動くこともあり、1回の施術で効果について結論を出せません。考えた末、たどり着いたのが5回単位です。 その5回で終わる人もいれば、あと5回加えて10回になる人もいます。それ以上の人もいてケースバイケースです。もし5回の施術で効果を感じなければそれ以上は勧めていません。この症状はむずかしいと認めて引き下がる決断が必要です。こうした判断は患者さんとのコミュニケーションの中でしていきます。 通院はいつがベスト?小さい火は消火はできますが、大きくなると困難になります。花粉症も同じです。症状が軽ければ寛解できますが、ひどくなると難しくなります。鍼治療を始めるのに最適な時期は症状が出始める直前です。症状が出る前ですと、効いているのかどうかわからないと最初言われるかもしれません。治療中にシーズンに突入し「いつもならこの時期ひどいのに…」と無症状が続くことが理想です。 症状が出たら手遅れということではありませんので、早めに決断することをおすすめしています。正直、症状が爆発している季節に、スパッと寛解させることは難しくなります。 シーズンではない時期に治療をしたら効果がないのか、という疑問も出てくるかと思います。結論は、効いていたとしても効果を実感できません。個人的には意味があると思っていますし、本来はそれが一番だと思っています。とはいえ、現場で「どうですか?」と訊いて「わかりません」は場がもちません。 「治る」と「無症状」花粉症が医学的には自然に治ることは少ないとされています。自然寛解率は10~20%程度という報告があります。効果があるのは免疫療法と言われています。舌下免疫療法、減感作療法などです。花粉を少量ずつ体に入れ、免疫を再教育する方法です。その結果、体が花粉を敵とみなすことがなくなります(本来、花粉は人体に無害ですから)。こうした治療は「花粉症は免疫の誤作動」という発想に基づいています。 では、免疫になんらかの変化がなければ症状は変わらないのでしょうか。ここからが重要な話になります。同じ免疫を持っていても、花粉の飛散量、生活環境、ストレスの状況によっては症状は出ないことがあります。 花粉症は免疫反応を含む複合反応です。神経、粘膜、血流などのコンディションも症状に関わっています。ここに東洋医学的な視点を加えれば、体温のバランスです。温かいところ、冷たいところがあります。 重要なことは、花粉症は免疫の問題ではあるが、免疫だけでは説明しきれない複合現象であるということです。ですから、鍼灸が介入することができるのです。実際、鍼灸で無症状になる人がいるわけですが、患者さんが「治った」と表現するのは問題ありませんが、私たちは慎重になる必要があります。無症状であっても、医学的に「治った」と言えるかわからないからです。 とはいえ、無症状は「治った」の入口と言えるので、無症状にたどり着くことは医学的にも意味があります。 鍼灸治療で使うツボおそらく、多くの方が「花粉症のツボ」があると信じていると思います。病気に対してツボが決まっている、というイメージではないでしょうか。もしくは、そんなわけがないとツボを全否定するパターン。 すでに述べたように、花粉症を治すことと花粉症の症状が出ないようにすることは似ているようで違うことです。私たちは、免疫の状態がどうなっているのか知りようがありません。しかし、人体の観察はできます。花粉症がある人とそうでない人の身体的特徴を探すのです。 その特徴が軽減するように鍼灸を使って調整します。今回の動画ではその手法について実技で紹介していますので、興味のある方はぜひご覧ください。お時間のない方のために、ここで簡単に説明しますと、花粉症の人は頭部に熱がたまりやすいので、その熱を下げるように働きかけます。その最重要ポイントになるのが頚部です。首周りの硬さを取ると花粉症が軽減します。 特に重要なポイントは「風池」というツボです。この風池に直接鍼をする方法と、その風池の緊張を解くツボとして胞肓も紹介しています。動画の中では触れませんでしたが、この胞肓というツボは胃腸の調整点としても有効です。「花粉症は腸を整えると治る」という説もありますが、それと重なるのが面白いところです。 ![]() また、鼻腔三椎と名付けたところがあります。頚椎の6番と7番、胸椎の1番です。鼻の通りが悪い人はここが固まって動きが悪いことが多いのです。ここに注目して施術をすることで花粉症が軽減することが多いのです。 ![]() 花粉症と風邪の共通点現代医学の立場から見れば、原因がそれぞれ違います。花粉症の原因は花粉で、風邪の原因はウイルスです。全く別の病気として考えるわけですが、考えてみてください。花粉症は風邪の初期症状とよく似ています。私たち鍼灸師が注目するのはここです。症状を引き起こす身体的特徴に合わせてツボを選びます。ですから、花粉症の治療は風邪の治療と似ているものになります。簡単な話です。風邪の治療の応用として花粉症治療があるのです。 寒暖差アレルギーも同じです。名前に「アレルギー」が付いていますが、免疫系の病気ではありません。まるでアレルギーであるかのような症状が出るのでこのように呼ばれています。花粉でもウイルスでもないのが寒暖差アレルギーです。動画の中でも紹介していますが、共通点としてふくらはぎの冷えを示しています。 美味い料理があるなら上手い鍼灸もあるツボは知っているだけでは意味がありません。目の前の患者さんの身体的特徴に気がつく観察眼を養っていなければ、適切なツボを選べません。料理は同じレシピでも火加減や調味料の加減で大きく味が変わります。食材の状態に合わせて微調整できる料理人が美味しい料理を提供できます。鍼灸も似たようなところがあります。 ・鍼灸のクリ助ch.(YouTube) ・X(旧ツイッター) ・インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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| ツボを「自律神経」で説明することの限界 -古典医学を現代医学で読み替えるときに失われるもの- | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | 近年、「ツボは自律神経に作用する」という説明を目にすることが増えました。 これは決して的外れではありません。実際、鍼刺激が自律神経活動に影響を与える可能性を示す研究は多数存在します。 心拍変動(HRV)を用いた研究では、鍼刺激が副交感神経活動の指標に変化を... | |
![]() 近年、「ツボは自律神経に作用する」という説明を目にすることが増えました。 これは決して的外れではありません。実際、鍼刺激が自律神経活動に影響を与える可能性を示す研究は多数存在します。 心拍変動(HRV)を用いた研究では、鍼刺激が副交感神経活動の指標に変化をもたらす可能性が報告されています。 また、機能的MRI研究では、鍼刺激が視床や島皮質、前帯状皮質など、自律神経調節に関与する中枢領域を変化させることが示されています。 ですから、鍼が自律神経に影響を与える可能性があるという理解は、現在の科学的知見とも整合的です。しかし、ここから次の結論に進むとき、慎重である必要があります。 1.「作用する」と「同一である」は違うたとえば、次のように考えてしまうと無理があります。 ・経絡は自律神経の通路である ・五輸穴は自律神経のスイッチである 前者は生理学的現象の話です。後者は理論体系の同一化です。この二つを混同すると、古典医学の構造が単純化されてしまいます。 2.鍼の反応は、単純な神経モデルでは説明できない現在の研究は、鍼刺激が単なる末梢神経反射ではなく、 ・中枢神経系 ・自律神経系 ・内分泌系 ・免疫系 を含む多層的なネットワークを介して生じることを示唆しています。 例えば、Zhao(2008)は、鍼の鎮痛機序において中枢神経と内因性オピオイド系の関与を報告しています。Langevinら(2006)は、鍼刺激が結合組織の機械的変化を介して広範な生体反応を引き起こす可能性を示しました。Kimら(2011)は、鍼刺激が免疫系およびサイトカイン反応に影響を及ぼす可能性を示唆しています。 つまり、鍼の作用は「神経だけではなく、神経・内分泌・免疫を横断する統合反応」と捉えるほうが、現在の科学的理解に近いのです。その意味で、「経穴体系 = 自律神経マップ」と理解できるほど単純なものではありません。 3.古典医学は神経解剖学で翻訳できない古典医学の経絡体系は、 ・気血の流注 ・臓腑の機能的連関 ・病証の伝変 ・時間や情志との対応 といった動的関係性のモデルです。それは神経解剖学の前段階ではなく、異なる枠組みで身体を捉えた理論体系です。もちろん、現代医学の言葉で再解釈することは可能です。しかしそれは「翻訳」であって「同一化」ではありません。 翻訳は便利です。しかし翻訳が進みすぎると、原文の構造が見えなくなることがあります。 4.わかりやすさの代償「自律神経で説明できる」という言葉は、非常に説得力があります。しかし現在のエビデンスは、「鍼が自律神経に影響を与えうる」という段階にとどまっています。 それは「古典的経穴学が自律神経理論と一対一対応する」ことを意味しません。この違いを曖昧にすると、仮説が確立理論のように見えてしまいます。そしてそれは、鍼灸医学そのものの信頼性を損なう可能性があります。 参考文献1.Lee SH, et al. Effects of acupuncture on heart rate variability: A systematic review. Evid Based Complement Alternat Med. 2010. 2.Haker E, et al. Acupuncture and autonomic nervous function. Auton Neurosci. 2000. 3.Hui KKS, et al. Acupuncture modulates the limbic system and subcortical gray structures of the human brain. Hum Brain Mapp. 2000. 4.Zhao ZQ. Neural mechanism underlying acupuncture analgesia. Neurosci Lett. 2008. 5.Langevin HM, et al. Mechanical signaling through connective tissue during acupuncture needling. J Appl Physiol. 2006. 6.Kim SK, et al. Acupuncture-induced modulation of immune responses. Brain Behav Immun. 2011. ・X(旧ツイッター) ・インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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| そのだるさは本当に好転反応? 施術後に知っておきたい体の変化 | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | YouTubeとブログを連携させながら情報発信していきます。 現在28本の動画を公開しているのですが、今回は初回なのでもっとも再生数が多い「好転反応とは? 施術後の不快な症状は悪化の疑いもあるので好転反応と決めつけないでください」について、まとめていこうと思います... | |
| YouTubeとブログを連携させながら情報発信していきます。 現在28本の動画を公開しているのですが、今回は初回なのでもっとも再生数が多い「好転反応とは? 施術後の不快な症状は悪化の疑いもあるので好転反応と決めつけないでください」について、まとめていこうと思います。 マッサージや鍼治療を受けた後、体がだるくなったり、一時的に症状が強くなったりしたことはありますよね? よく「それは好転反応だから大丈夫」と言われますが、ちょっと注意が必要です。今回は、丁寧に慎重に「好転反応」という言葉と向き合ってみようと思います。 もし「これって本当に好転反応?」って少しでも思っていたらこの続きをぜひお読みください。 ![]() 「好転反応」という言葉の落とし穴多くの人が使う「好転反応」という言葉ですが、本当は科学的な根拠はないのです。さっそく、厚生労働省の見解を見てみましょう。 厚生労働省の見解:厚生労働省は「好転反応に科学的根拠はない」としており、安易に使うことを推奨していません。 健康被害の恐れ:特に健康食品などで「悪化しても好転反応だから」と放置させ、結果的に健康被害につながるケースがあるため注意が必要です。 では、なぜ「好転反応」という言葉がこれほど世間で言われているのでしょうか。ここからその秘密に迫っていきます。 鍼治療の後に起こる「余韻」と「だるさ」鍼をした後に感じる違和感は、体への刺激による「余韻」である場合がほとんどです。「残鍼感」などと言われることもあります。これは好転反応ではありません。先に書いた通り、鍼をした感覚がただ残っているだけです。これを副作用と呼ぶ人もいますが「鍼をしたのだから多少の感覚が残るのは普通のこと」と考えれば副作用と呼ぶほどではないでしょう。この感覚はしばらくすると消えてしまいます。数時間~1日程度でしょう。 一時的な反応:強く押された後に感覚が残るのと同様、鍼の刺激による余韻が翌日くらいまで残ることがあります。 主な症状: ・局部的な重だるさや違和感 ・全身的なだるさ ・軽度の微熱(37℃台など) 安全性:一時的なものであり、鍼治療は薬や手術に比べて非常に「ローリスク」で安全な施術です。 「瞑眩(めんげん)」と症状の一時的な増幅東洋医学には古くから「瞑眩(めんげん)」という言葉があります。これは、良くなる過程で一時的に反応が出ることを指します。私の臨床の中でよく出現するのは、しびれの治療においてです。鍼をして数分すると、しびれの症状が一時的に強くなってきます。その方が効果があるのです。 一時的に強くなったしびれは、10分程度すると消えていき、施術前にあったしびれより弱くなっていることが多いです。このとき、数分間一時的に強く感じるしびれは「瞑眩」と言えます。 これは、事前に患者さんに伝えるようにします。そうでないと、患者さんは「悪化したのでは…」と不安になってしまいます。瞑眩は事前に伝えるべきです。仮に瞑眩だとしても、患者さんが悪化したと思えば、患者さんの中では一時的な悪化ですから。 まとめ:大切なのは「後出し」にしないこと施術後に起きた予期せぬ悪化に対して、「それは好転反応です」と後から言うのは言い訳のようですし、本当に悪化した場合には、ごまかしの言葉になってしまいます。 施術の不手際がないとしても、症状が激しい場合にはちょっとしたことがきっかけで悪化することがあります。治療期間中は「悪化をすることもある」ということは常に念頭に置いておくべきです。好転反応という言葉を逃げ道にしてはいけないのです。 腕がある施術者ほど、あらかじめ起こりうる体の反応を説明し、患者さんが安心して受けられる環境を整えるものです。もし施術後に不安な症状が続く場合は、「好転反応だ」と思い込まず、別のところに相談することも視野に入れた方がよいでしょう。 結論としては「好転反応」という言葉を耳にしたときは、冷静になってみましょう。見極めは、一時的(数日以内)な悪化なのか、悪化したままになっているかどうかです。 今回の話は鍼灸に限らず、どんな施術にも言えることですので、判断基準の一つとしていただければ幸いです。 ・X(旧ツイッター) ・インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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| ブログと動画で「思考の公開」という原点回帰 | ||
| 公開: | ||
| 要旨: | YouTubeを再開した理由 今年になってYouTubeを再開しました。いくつか動画を作ったあと1年間の空白期間がありました。再開した理由はシンプルです。原点に立ち返ろうと思ったからです。この原点というは、情報発信のことです。振り返れば、情報発信に力を入れてきたから鍼... | |
![]() YouTubeを再開した理由今年になってYouTubeを再開しました。いくつか動画を作ったあと1年間の空白期間がありました。再開した理由はシンプルです。原点に立ち返ろうと思ったからです。この原点というは、情報発信のことです。振り返れば、情報発信に力を入れてきたから鍼灸師としてここまでやってこられたのです。 その情報発信は主にこのブログで行ってきました。YouTubeは情報発信に力を入れるという原点に立ち返りながら動画というステージへの挑戦です。この挑戦する心も含めて原点回帰です。 当たり前と思ったらなんでも終わりなんです。今年の私はめちゃくちゃ挑戦者です。 AIがはずかしさをデリート話がいきなりそれてしまうのですが、LLM(大規模言語モデル)のAIが文章を代わりに書いてくれるようになりました。私もよく利用しています。使ってみて思うのはAIに書かせた文章を公開するときは、書いた文章を公開するときに感じる特有のはずかしさがありません。 文章を書くことは内面をさらけ出す行為を含むわけですが、AIを使うとその前提が揺らぎます。AIにははずかしさのデリート機能があるように思えます。これについて説明しようと思いますが、その前にこの文章はAIを全く使わず、伝統的な手法、つまりキーボードを叩いて書いていることをお伝えしておきます。 ここまで書いた時点で、この文章のどこにはずかいさが潜んでいるかといえば「はずかしさのデリート機能なんて話はとっくに誰かがしてるよ。今さらですか?」とトレンドに乗り遅れてるだけの自分をわざわざ公開してしまっているかもしれないところです。 はずかしいが正義あえて言います。こうしたはずかしさは正義だと思うのです。はずかしいと思うということは、こんなことを書いたらどう思われるのだろうか、と自分を客観視する行為です。自分は常に正しいわけではないという舞台の上にいるのです。AIを使うとその舞台から降りることができます。情報の精度と効率の面では正義かもしれませんが、文章を書く意味においては必ずしも正義ではありません。 自分で書くというのは、「間違っているかもしれないけれど…」という前提を許容し、こう思った、こう感じた」をさらけ出すわけです。この前提を人間は失ってはいけない気がします。恐ろしいと感じているのは、ChatGPTが出てから「自分の考えは合っているのだろうか?」とAIで確認しようとする自分です。 これは「はずかしさ」から逃げる行為で、正義から離れてしまっているように思うのです。改めて、私が思うところの正義を言い直すと「自分は常に正しいわけではないという前提で生きる」ということです。 間違っていてもいいのだ、という開き直りではありません。何が正しいのか誰もわからない、という前提であるべきではないかという提案です。 正しい鍼灸はどこにある?ここで自分の仕事=鍼灸における正しさを考えてみます。 昔所属していた勉強会で症例発表をしたことがあります。そこで先輩にあたる鍼灸師にこう言われたのです。 「あなたの症例から学ぶものは一つもなかった」 私からしてみると、試行錯誤して症状が軽減し明らかに改善しているので、ヒントくらいは提供できていると思っていました。 若かったので全否定されても言い返せませんでした、言い換えしたら喧嘩になっていたと思います。よく言えば大人な態度をとったわけですが、今こうしてグチグチ書いているのですから、やっぱり子供です。あ~はずかしい。こういうことですよ、はずかしさって。 それでは、ここにあった「正しさ」を読み取ってみます。勉強会には勉強会のルールがあります。症例発表におけるルールは、その勉強会で習ったことを使って患者さんがどうなったかを共有する必要があります。そういう意味では私の症例発表はそのルールから少しズレていました。 でも、その言葉がきっかけで私はその勉強会から離れていくことになりました。そのときは、ただなんとなく「ここは居るべきところじゃない」と感じただけですが、今思えば私なりの正しさを求めた結果なんだと思います。 ツボはもっと自由に使ってよいはず…。 臨床の現場に立つ鍼灸師ならわかると思うのですが、習った通りにやれば必ずよい結果が得られるとは限りません。むしろ「よい結果が出ないときにどうするか」を考え続けるのが臨床です。答えは勉強会にはないのです。勉強会はヒントの場であると考えています。 つまり、正解というのは常に患者さんと私たちの間から生まれてくるという考え方です。誤解のないように補足すると、患者さんの「こうしてください」に従うことではありません。患者さんが正解を持っているのでも、私たちが正解を持っているのでもなく、両者の間から正解を拾うのです。 正解をその場その場で探していかなければいけない、この状況をストレスと感じるか面白さと感じるか、それはそれぞれです。私は後者です。 AIを使うとむしろ非効率?YouTubeの更新はものすごくたいへんです。スタッフにも苦労をかけています。特に編集に時間がかかります。収益化できてるわけではありませんから、チャンネル登録者数の増加が心の報酬になっています。現場で「観ています」と言われることも励みになっています。 動画制作は私の趣味で続けていくわけにはいきません。ちゃんと目的があります。誰かの役に立つ情報を発信し、信用を積み上げていくことです。信用の素地は安心感だと思っているので、そういう立ち位置から情報を発信しています。 もっといえば、鍼灸への安心感だけでは不十分で、鍼灸師への安心感が必要です。再生回数を伸ばすという意味では、もっとよい方法があると思います。AIにコンテンツを作ってもらって、AIに画像と読み上げをしてもらうなど、選択肢があります。 ただ、信用の積み上げという観点からみたら、AIの活用は最小限にして人間臭さを残す方が効率的だと思っています。臨床は人間臭いものですから。現場と乖離しない、ということが私の立場ではもっとも重要だと思っています。とはいえ、チャンネル登録者数はもっと増えてほしいです。 文章と動画の二刀流動画をがんばっていたらブログの更新が途絶えてしまいました。動画の時代と言われていますが、文章の価値がなくなったわけではありません。ブログの方が好きという方もたくさんいらっしゃいます。 ですので、これからは同じ内容をブログとYouTubeでやってみようと思います。YouTubeの原稿をブログに利用してみます。 こうやって久しぶりに文章を書いてみると、頭の中が軽くなるのがわかります。思考をちゃんと自分の力でアウトプットすると思考が整理されます。だから軽く感じるのでしょう。AIを否定するつもりはありません。積極的に利用していくつもりですが、私にとってブログは「思考の公開」ですから、やっぱりキーボードからでなければ。 X(旧ツイッター) インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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| 症例のお値段 | ||
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| 要旨: | すべての症例に無料でアクセスできる 「鍼灸の症例が検索できるツボ辞典」ということで立ち上げたデータベース、ツボネットの症例数が5000に迫っています。2018年頃から動き始めたので7年の月日が経ちました。今回は改めて、このツボネットの目的と魅力、そして今後の展開... | |
![]() すべての症例に無料でアクセスできる「鍼灸の症例が検索できるツボ辞典」ということで立ち上げたデータベース、ツボネットの症例数が5000に迫っています。2018年頃から動き始めたので7年の月日が経ちました。今回は改めて、このツボネットの目的と魅力、そして今後の展開について語っています。 ![]() 最初に言いたいのは、このツボネットは無料で利用できるということです。症例すべてに無料でアクセスできます。一つ一つの症例を読むことはもちろん、どんな症状にどんなツボを使ったのかを統計的に処理しています。 症状から使われているツボを読むことができますし、ツボがどのような症状に使われているのかを読むこともできます。強調したいのは、教科書的な情報ではなく、実際の現場で効果が見られたツボがデータ化されていることです。 ![]() ![]() カルテ問題鍼灸の学会ではさまざまな症例が発表されています。「〇〇症に●●が著効を示した一症例」といった感じで個別の症例が目立ちます。「一症例だけか」と思いながらも、現実は一人の鍼灸師が同じ症状に対して数百単位の症例を集めて分析するなんて不可能です。 もちろん、一つ一つの症例は貴重なものであり、そこから学ぶことはできます。ただ、もどかしさは拭えません。普遍的な法則が効率よく蓄積されていく仕組みとは思えないからです。学会を運営されている先生方の気持ちを考えると、こういうことを安易に発言すべきではありませんが、同じことを思っている関係者は私だけではないはずです。鍼灸業界全体の課題としてポジティブに受け止めていただけたら嬉しいです。 すぐに頭に浮かぶ問題は3つです。 ①鍼灸師は開業し単独で経営し施術していることが多い ②複数人の鍼灸師が所属する鍼灸院でもカルテを共有していない ③カルテを書かない 鍼灸院の症例は最大の財産となり得るというのに、蓄積をする土壌がないというのが実情です。「鍼灸を盛り上げていきたい」という声はあちこちから聞こえてきますが、それぞれの鍼灸師がしっかり集客して売上を上げていく、という個人プレーから抜け出せていないことがほとんどです。 個の力を組織で大きなものにする、というアイデアもありますが、難易度が高いように思います。なぜなら、独立開業の手段として鍼灸師という免許を選んでいる人が目立つからです。組織に属したくないから鍼灸師、という心理的事情には逆らえません。 だからこそ症例なのです。症例は個のパワーを集結させるには最適です。 データ化の壁そもそもカルテを書かなければ症例は蓄積できません。それにはまずカルテを書くことの意味を個の中で完結させる必要があります。鍼灸業界のために書く必要はなく自分のために書けばよいのです。 カルテを書くほどに自分がラクできる前提があればよいのです。カルテを書かない理由は面倒くさいからです。書かなくても、前に行った施術のことは覚えているから問題ない、と思っているからです。 他に次のような理由もあるでしょう。 ①施術がルーティーン(毎回同じ) ②感覚主体なので記録しづらい ③書く時間がない ①は、誰に対してもどんな症状に対しても同じ内容なので記録する必要はないでしょう。この記事の論点には乗っかってこないものです。 ②は、「指が止まるところに行う」というタイプの鍼灸師に多いでしょう。そこを記録すればよいのですが、その位置が無数にある場合は記録がむずかしいでしょう。多鍼派(鍼を数多く使う系)は、ツボ単位(刺鍼単位)の記録が向いていません。 ③に対しては、書くからこそ時短になる、という意識転換が必要でしょう。過去の施術を思い出す手間、勘違いを起こすリスクがなくなるわけです。患者さんとのやりとりに無駄がなくなります。 感覚はカルテに記しづらいので割り切る必要があるでしょう。ツボは記録に向いています。ただし、ツボでない位置に施術する場合には記載に工夫が必要になります。 新しいツボツボではない位置に鍼灸をする場合はよくあります。ある意味、そこもツボです。古典に記されていない位置でも効果を感じられたら新ツボ候補として扱うべきです。そのためにも記録が重要です。 私の場合、古典にはないツボを使うことがかなり多いので、それぞれに名前を付けて記録しています。ツボネットにも私が名付けたツボを多数掲載しています。新しいツボの提唱に対して「伝統を破壊するな」という声が聞こえてくるときもあります。でも、私に伝統を壊す力はありません。いくら新しいツボを提案しても、効果があれば残るし、そうでなければ残らないだけです。私の行いが伝統の破壊なのか、伝統の創出なのか、いつか歴史が結論を出してくれると思っています。 ![]() 何にせよ、新しいツボを提案すれば、賛否両論が生じます。伝統が経験の蓄積というのなら、経験が蓄積されているところから伝統の発祥点になるはずです。 電子カルテと統計分析カルテに話を戻しましょう。これからは電子カルテの時代です。ここでは電子カルテを2つの意味で使います。デジタルデータとして記録すること。もう一つは、共有可能なプラットホームを構築することです。 今、うちではiPadのノートアプリをカルテに利用しているのですが、紙に書く以上の利便性です。Appleペンシルで手書きしています。デジタルデバイスならではのメリットとして、写真や画像を取り込めることがあります。患者さんの患部の写真をカルテに取り込んで、その写真に状態を書き加えたりと。施術前後の写真を並べて、そのまま患者さんに見せることもできます。こうしたことは紙のカルテではできません。 ![]() 電子カルテの真のメリットは共有です。データはクラウドにあるので、異なるタブレットからもカルテにアクセスできます。群馬にいながら東京の院のカルテを見ることもできます。とはいえ、これは手書きデータにどこからでもアクセスできる、というだけであって、数量化されたものを共有しているわけではありません。 たとえば、使ったツボが電子カルテを通じてデータベースに格納されていれば、統計処理がすぐにできます。たとえば、どんなツボがどんな症状に使われているのか、ということを簡単に導けます。過去データから、どんなツボを選んだらよいのかわかるようになります。 そして、蓄積されたデータが他者のデータと結びつくようになると、さらに価値は高まります。他者のカルテと結びつけるには倫理的な課題を乗り越えていかなければいけないので、単純な話ですまないのですが、個の壁を乗り越えるきっかけになります。 整動鍼とツボネット整動鍼とツボネットは同時に歩んできました。整動協会に所属している鍼灸師、つまり整動鍼を共有している鍼灸師しかツボネットに症例を投稿できません。こうした事情からローカルなものとして扱われることがあるのですが、設計思想はユニバーサルです。 いくつもの鍼灸院が情報を共有していくには、どういう理論体系が必要なのか、どうしたらツボの記録を定量化できるのか、を考えて生まれたのが整動鍼であり、実証しているシステムがツボネットです。 ![]() 整動鍼は流派ではありません。プラットホームです。多くの鍼灸理論が陰陽五行や経絡学説を基軸に展開していますが、整動鍼はどちらでもありません。ツボがもたらす変化を観察し、そこから段階的に法則性を導いてきました。 整動鍼は誰にでも通じる理論に仕上げたら、誰とでも共有できるようになるという私の理想像が出発点になっています。 ツボネットは整動鍼だけですが、整動鍼に限定したからこそ成立しています。「どんな流派でも登録できるようにしたほうがよい」という意見があるのは承知しています。ですが、実際に情報を共有していこうとなると、煩雑すぎて実現の目処が立ちません。私にできる精一杯としてツボネットを運営しています。 ツボネットに数億円症例数は5,000に迫っていると言っても驚く人はあまりいません。ネットを見れば「延べ◯万人の実績」なんてキャッチコピーが溢れているからだと思います。症例は個人の感覚の中に蓄積していくものと違い、共有可能、分析可能なものです。 では、症例5000を公開するにはどれくらいのコストがかかるのか計算してみましょう。仮に一つの症例が生まれるのに、患者さんが5回通院したとします。単価を5,000円とすれば、5×5,000=25,000円。一つの症例が生まれるのに必要な“患者さんが負担している”コストです。 5,000症例となれば、5,000×25,000円=125,000,0000円。1億2千5百万円です。この他、症例を投稿するのにかかる鍼灸師の手間が加算されます。これに、症例を書く鍼灸師の手間が加わります。もちろん、ツボネットの開発費と管理費も加算したら数字はグンと上がります。 この計算は、ここに至るまでのコストであり、数億円で売れる価値があるとイコールではありません。知っていただきたいのは、症例を集めるには時間もお金も必要になることです。あと、それを支えきる覚悟です。 ここ1年を振り返ると、ツボネットには月間30万ページの閲覧数があります。国内だけでなく海外からのアクセスもあります。 ツボネットの英語バージョンということで、ツボネットの英語版をリリースします。どれくらいアクセスが増えるのか想像ができません。今日もエンジニアにがんばってもらっています。待ち遠しいです。英語版の完成を皮切りに、月間100万の閲覧数を達成したいと思います。 最近、面白い現象が起きていまして、それは海外からの患者さんの来院きっかけです。Chat GPTなどのAIが紹介してくれたというのです。検索エンジンではなく、AIに相談して鍼灸院を選ぶ時代がやってきています。こうなってくると、AIがどんな情報を重視するのか想像せざるを得えません。 外国人に対しては、症例を整理して英語で発信している鍼灸院が圧倒的有利になるのではないかと考えています(求人も視野に入れています)。国内のことを考えても、症例の重みは増していくでしょう。さあ、どうなるんでしょうね。 X(旧ツイッター) インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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| 痛いところだけに鍼をする方法の限界 | ||
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| 要旨: | 鍼灸をチープな物理療法にしてはならない まだまだ「鍼は痛いところにするものだ」というイメージが根強くありますが、脱却しなければいけない、私たち鍼灸師の課題です。確かに、鍼を刺したところには局所効果がありますので、痛みが緩和されたり、血行が改善するなどの変... | |
![]() 鍼灸をチープな物理療法にしてはならないまだまだ「鍼は痛いところにするものだ」というイメージが根強くありますが、脱却しなければいけない、私たち鍼灸師の課題です。確かに、鍼を刺したところには局所効果がありますので、痛みが緩和されたり、血行が改善するなどの変化をもたらします。 しかし、そこには「ツボ」の意味がごっそり抜け落ちています。痛いところだけに鍼をする行為は、チープな物理療法と批評されても反論はできません。私たちの存在意義は「ツボの効果をいかに引き出すか」に尽きるのです。 ただ「ツボ」といっても、その捉え方や考え方はさまざまです。話が複雑にならないように、ツボは「特別な変化をもたらす体表の点」としておきましょう。鍼灸の歴史は、常に特別な変化に注目してきたものであり、発展させていくためには、この観点をより強固にしていく必要があるでしょう。 古典鍼灸は筋肉調整が苦手従来、ツボは「流れを整えるポイント」として使われてきました。その理論の軸は内臓の調整です。筋肉へのはたらきについては、鍼灸師がそれぞれの経験で補っているのが現状で、古典的な理論では頼りないと言わざるを得ません。こういう現状は、古典主義の鍼灸師は認めなくはないでしょうが、否定しようがない現実です。 ![]() 西洋医学的な鍼灸の課題現実を直視する鍼灸師は、解剖学的な知見に基づいて刺鍼点を決定します。狙うところはツボというわけではありません。機能を鼓舞したり、沈静化したいところに鍼をダイレクトに届けます。西洋医学的鍼灸と言われることがあります。 解剖学を拠り所にすることには一定の理はありますが限界もあります。鍼先を安全に届けられるポイントにしか使えませんし、鍼を届けられたとしても、それで症状が改善するとは限りません。 眼精疲労を解剖学的に対処しようと思えば、眼球そのものか、それに近いところが刺鍼点ということになります。実際に眼窩内刺鍼といわれる方法もあります。こういう努力に対してリスペクトしたいところではありますが、鍼灸がこういう発想にとどまっている限り、発展はしていかないでしょう。 「眼精疲労=眼球周辺に原因がある」という発想を脱却しなければ、いつまでも西洋医学ごっこのままです。 鍼灸学とは「ツボ学」として再考すべき鍼灸は東洋医学に分類されることがありますが、すでにこの考え方は古いものとなっています。西洋医学を見本にした方法もあるわけですし、鍼灸は東洋でもあり西洋でもあります。ですから、結局のところ、どっちかに当てはめようとしても無理が生じます。 さらにいえば、代々継承してきた技を持つ鍼灸師はほぼいませんから伝承医学という言い方も微妙です。「伝統風」の鍼灸は無数にありますが、本当の意味での「伝統」に出会えることは滅多にありません。 私の本心は次の通りです。 東洋医学とか西洋医学とか、そうしたカテゴリに押し込める発想が残っている限り、本当の鍼灸のポテンシャルには出会うことができません。鍼灸はツボ学として再考すべきなのです。 考えてみてください。鍼灸の基礎的な理論を構築した古代の人々が東洋医学を意識していたと思いますか?東洋を意識するためには西洋という相対する概念が必要です。西洋なきところに東洋はありません。 事は単純です。東洋も西洋もなく「ツボがもたらす変化は何であろうか」と純朴な観察を続けてきた者が基礎的な理論を生み出したわけです。 観察を強化せよ私のスタンスはシンプルです。鍼灸はツボ学です。ツボ学とは、ツボがもたらす変化を観察して集積することです。誤解を恐れずに言えば、なぜそうなるかは二の次でよいのです。「医師に理解してもらうためには、西洋医学的な説明が必要だ」という意見はもっともなのですが、「鍼灸師にわかるはずがない」というのが私の考えです。自分の勉強不足から逃げるわけではありません。違う土壌で生まれたものですから、説明できなくて当然なのです。 もちろん、医師に伝える努力は必要です。ただ、医師の言葉で鍼灸を語ることより、鍼灸がもたらす変化を見せることの方が私は重要だと思います。私が重視しているのは再現力です。効くときもあれば効かないときもある、というのでは信用してもらえません。高い確率で観察できる変化が重要です。 どこに何をしたら何が起こるのか、を集積していけば法則性が見えてきますし、その法則性が従来の理論と重なることもあれば、外れることもあります。既存の理論を重視しすぎてしまうと、理論から外れた現象を軽視してしまいます。素朴な目で観察することが必要なわけです。 鍼の極点刺激がもたらすもの鍼灸以外に体に変化をもたらす方法はいくらでもあるわけですから、鍼灸である理由と意味を考えておかなければいけません。結論はシンプルです。とりわけ鍼は体表の極点を刺激することが可能です。さらに深度も調整できます。「どこに」の部分が極めて明瞭です。だからこそ、引き起こす変化が出現する位置も明瞭にでやすいのです。 たとえば、ふくらはぎ全体を揉めば腰の筋肉も柔らかくなります。こうした現象に対して鍼を使うと解像度が上がります。ふくらはぎのどの部分に鍼をしたら、腰のどの部分に変化が起こるのか、ということがわかるのです。変化が限局的だからです。狭い範囲に大きな変化が生じます。 鍼灸学のはじまりは謎に包まれていますが、極点刺激がもたらす変化を観察し集積するところから始まったと考えるのが自然です。ある程度の集積ができてから東洋思想と絡めながら理論構築をしたのでしょう。 私たちは、東洋医学的にどうなんだろう、西洋医学的にどうなんだろう、と考えてしまうわけですが、鍼の極点刺激がもたらす変化の前ではあまり重要ではない気がします。 経絡の枠から外れると見えてくる法則いったん経絡という枠を外してツボがもたらす変化を観察しています。経絡学説に近づいていく部分もあれば、そうでない部分もあります。「そうでない部分」をどのように扱うかが重要なわけで、経絡に当てはまらない例外という扱いをしてしまえば、理論の発展は望めません。理論展開できるかどうかにかかっています。というわけで、私自身の観察については「整動鍼」というものにまとめています。最後は自分の取り組みの方に話を引っ張って恐縮ではありますが、多方面から高い評価をいただいていますので、まだの方はぜひ。 X(旧ツイッター) インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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| バレエの体づくり ~見えない筋肉を動かす~ | ||
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| 要旨: | 『満身創痍で迎えたバレエの発表会』のつづき 今日は、鍼灸師としてバレエについて思うところを書いてみます。我が娘のコンディショニングを通して多くのことを学ぶことができています。 ツボは体の運動能力のポテンシャルを引き出す効果があり、それをもっとも効率よく... | |
![]() 『満身創痍で迎えたバレエの発表会』のつづき 今日は、鍼灸師としてバレエについて思うところを書いてみます。我が娘のコンディショニングを通して多くのことを学ぶことができています。 ツボは体の運動能力のポテンシャルを引き出す効果があり、それをもっとも効率よく引き出せるのが鍼灸師と言えます。運動能力を引き上げようと思ったら鍼灸が最適です。 バレエと言ったら関節のやわらかさを思い浮かべる人が多いと思います。実際にそうで、日常生活では必要ないと思うほどの可動性を求められます。柔軟性を上げるためにはストレッチは欠かせませんし、ちょっとでもサボるとすぐに柔軟性は落ちてしまいます。 体づくりは第一に本人の努力だと思うのですが、そのいっぽうで努力の限界を探ることも必要です。そこにおいて私にできることがありますので、理論的なバックボーンを明らかにして、実践してきたことを書きます。 張力とツボツボの効用はさまざまですが、私が着目しているのは張力調整の役割です。従来の鍼灸理論ではあまり語られてこなかったので、独自に探求して「整動鍼」というものにまとめる仕事をしています。 筋肉の中に現れるコリ。その正体は部分的な過剰収縮です。自分ではコントロールできない収縮で、肩こりが治らないのも意識的に緩められないからです。意識的に緩められない筋肉は体中にあります。 どうにもできない過緊張は、形状記憶と言ってもよいです。ですから記憶をリセットできなければいつまでも過緊張は残り続けます。この過緊張は動きを制限していまいます。本来、緊張は収縮力ですから骨を動かす原動力となりますが、過剰な緊張は動きを邪魔してしまいます。つまり、体というのはちょうどいい緊張を生み出せるほど思い通りに動けるということです。 過緊張が生じる位置は無数ありますが法則性があります。それを一つ一つ発見していくことで動きとの関係も見えてきます。「こういう動きに制限があるときは、ここに過緊張が見つかる」とパターンを蓄積していくことができます。 ある程度のパターンが見えてくると、求めている動きをサポートするには、この過緊張を解く必要があると推測することができるようになります。逆に、過緊張から動きの問題を推測することもできます。 ここまで述べてきた過緊張はツボの一種と考えることができます。そのツボに鍼をすることで、ピンポイントで過緊張を解くことができます。鍼が過緊張の中心に当たると、過緊張はフワッと緩みます。その緩みを確認したあと、動きをチェックすると可動性の向上を観察できます。 能動的なやわらかさバレエには柔軟性が必要だと言っても、ただ関節の曲がる角度が増えればいいというものではありません。柔らかさは、曲げられたら曲がるという受動的な可動性と、自分で動かせるという能動的な可動性に分けられます。 パフォーマンスに必要なのは能動的な可動域です。考えれば考えるほど難解なのが、この能動的な可動域です。日頃の治療目的の施術の経験から気づきを得ていますので、それを説明します。 見えない筋肉人間の体は実に複雑です。たとえば股関節を曲げる(屈曲)する場合、太ももの前の大腿四頭筋を使うこともできれば、骨盤内にある腸骨筋を使うこともできます。股関節の動きだけに着目するのであれば、同じに見えてしまうのですが動きの内容が全く異なるのです。 わかりやすく簡単に言えば、大腿四頭筋は踏ん張る力です。スクワットで腰を落とすときに耐える力です。いっぽうの腸骨筋は腰の高さはそのままに、膝を引き上げる動きです。膝に体重が乗っている場合(大腿四頭筋)と膝に体重がかかっていない場合(腸骨筋)とに分けることができます。 この大腿四頭筋と腸骨筋でもう少し話を続けます。大腿四頭筋はスクワットのように、左右同時に使うことが得意です。それに対して、腸骨筋は歩行時のように左右交互に使うことが得意です。 まだまだ違いがあります。大腿四頭筋は、股関節を屈曲方向のみに使う場合には活動しやすく、腸骨筋は、股関節を前後に振り子のように使うときに活動しやすいのです。大腿四頭筋は太ももの前面のボリュームにすぐに現れるのでアウターマッスルと呼ばれることがあり、腸骨筋は骨盤内に隠れていて触れることができないのでインナーマッスルと呼ばれることがあります。 どっちにも重要な役割があるのですが、インナーマッスルである腸骨筋は見えず触れられずなのでやっかいです。 初動を操るここでバレエの話に戻りましょう。私たちがふだん生活する上では、インナーマッスル、アウターマッスル、どちらも大事なのですが、バレエとなると圧倒的にインナーマッスルが大事になってきます。バレエの専門家ではないので、間違っていたらごめんなさいですが、バレエというのはインナーマッスルを極めようとする身体表現として解釈できるのです。 バレエが表現しようとする内面性は、肉体的にも内側を使うことで表れてくると考えると整合性がとれます。 それでは具体的にインナーマッスルを使う動きとはどういうものなのでしょうか。ここからは私の解釈がかなり入ってくることをお断りします。一言で表すと脊柱から動くということです。脊柱の動きといっても微細なものですから、外見上は動きが見えるわけではありません。むしろ、脊柱から動くほど体幹が安定するので背骨の動きが見えません。 矛盾するように聞こえるかもしれませんが、脊柱が動くほどに脊柱の動きが見えないというわけです。これを別の言い方にすると「体軸が安定する」ということになります。 ここからが面白いのですが、脊柱を構成する脊椎が動くようになるほど仙腸関節の可動性も上がっていきます。逆も言えるのです。仙腸関節の可動性が上がると脊椎の可動性も上がっていきます。これは実験で実証できているわけではないので仮説として読み進めてください。 このように考えると、バレエは仙腸関節の妙技とも言えるのです。ただ、仙腸関節の動きは微細ですから視覚的に捉えることがかなりむずかしいです。 バレエダンサーの線の細さ一流のバレエダンサーは例外なく細身です。厳しいダイエットの成果であると結論づける前に一緒に考えてほしいことがあります。確かに、食事を気をつけているという前提はあるのですが、アウターマッスルが発達してしまうと線が太くなります。ボディビルダーがそうです。見える筋肉を大きくして競います。これに対してバレエダンサーは見えない筋肉を発達させて芸術性を磨きます。 一流バレエダンサーの線が細いのは、アウターマッスルを使っていない証とも言えます。本質的には、脂肪が少ないことが重要というわけではなく、無駄なアウターマッスルが少ないことが重要であるというわけです。 娘は練習すればするほど脚が太くなってくると悩んでいました。最初から、こうした結論に至っていれば悩ませることはなかったのですが、私も娘のバレエをサポートしながら学んできたので後手に回ってしまいました。 インナーマッスルに注目し、仙腸関節の可動性に着目して施術をした結果、脚が細くなってきました。ダイエットがもたらす細さとは明らかに別物です。 現実的には、生まれながらの体型というものがあって努力だけではむずかしいところがあります。ただ、我が娘がそうであったようにインナーマッスルに着眼することで体型が変化することも逃せない事実です。 バレエ教師にできないことを探す生意気にもバレエを語ってしまいましたが、私はバレエ未経験の素人です。バレエ教師にはかないません。でもツボについて、そしてインナーマッスルを活性化させるという点においては日々の臨床の中で真剣に考えています。この立場から、バレエのコンディショニングに役立つことを提供できるという確信があります。ですから、これからも娘のサポートを通じて知見を蓄積していく予定です。 本当はもっともっと書きたいこともありますし、逆に企業秘密にしておきたいような発見もあります。これからも親子の取り組みを応援していただけたら幸いです。 次回はバレエの基本である「アンディオール」について考察します。 つづく… X(旧ツイッター) インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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| 満身創痍で迎えたバレエの発表会 | ||
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| 要旨: | 5日前に腹痛で苦しむ 先日の日曜日、娘のバレエの発表会に行ってきました。パ・ド・ドゥという男女二人組の踊りを担当しました。パ・ド・ドゥは初めてでしたし、ゲストダンサーのプロと踊るのも初めてでした。娘のお相手を担当してくださったのは茂木恵一郎先生でした。バレ... | |
5日前に腹痛で苦しむ先日の日曜日、娘のバレエの発表会に行ってきました。パ・ド・ドゥという男女二人組の踊りを担当しました。パ・ド・ドゥは初めてでしたし、ゲストダンサーのプロと踊るのも初めてでした。娘のお相手を担当してくださったのは茂木恵一郎先生でした。バレエ界では知る人ぞ知る有名人です。 ![]() バレエ・スタジオの顔となる演目なので、失敗でもしたら教室に関わる人たちに迷惑をかけてしまいます。娘は心臓が口から飛び出るくらいのプレッシャーと戦っていました。孤独でしょうね。私には無理です(想造できなくて他人事になってしまうほど)。 しかも中学3年生、つまり受験生。すべてがぎりぎり。5日前には極限状態になってよくわからない腹痛。鍼治療も加えてなんとか2日程度ですみました。 最終的には実力を出し切って踊ることができたと思います。私は観客席で観ていました。専門家から見ればまだまだでしょう。でも親としては大満足のパフォーマンスでした。我が娘ながらよくやりました。かっこよかった。 ![]() バレエは一人ではできないバレエを始めたのは3歳の頃でした。「習い事ならバレエとかどう?」と私が口にしたのがきかっけで市内のバレエ教室に通いはじめたのです。 プロを輩出するような教室であったこともあり、練習はそれなりに厳しかったようです。気持ちが折れて、やめたいと言って練習から逃げている時期もありました。 それでも平均すれば週5日の練習をずっと続けてきました。一日一日では違いはわかりませんが、半年、一年と月日を重ねるとはっきりと成果が出てきます。 転機は小学生から中学生になるときでした。バレエを続けるのが難しくなってしまったのです。幸いなことに新しい出会いがあり、教室を移籍して再スタートすることになったのです。また2年半前の話ですが、だいぶ前のように感じます。 再スタートに際して、私は娘に結果を出すことを条件としました。具体的にはコンクールで入賞をすることです。バレエにおいてコンクールが全てではないのは承知していますが、結果を証明するには公平な場だと思うからです。 厳しい要求を出したのには理由があります。バレエは一人でできないからです。バレエ教室の先生をはじめ、周りの協力がなければ踊れません。妻もほぼ毎日車で送り迎えをしています。これを当たり前だと思ったらバレエを続ける資格はありません。 バレエに限らず、何かを成し遂げようと思ったら誰かの協力が必要です。一人でできることなんて何もありません。一人でできるという勘違いを絶対にしてほしくなかったのです。 バレエを通じて、自分が好きなことを続けるには周りが納得する行動をとる必要があることを学んでほしいからです。お金もかかりますし、私の目線からいえば出費が惜しくないと思える踊りをしてほしいわけです。 応援してくれる人をどれだけ多くつくれるかが大事だぞ、ということで、今年からインスタグラムで活動報告もはじめました。まぁ、あっという間に私のフォロワー数を超えられたわけですが。娘だから許す! 次回は鍼灸師として、バレエに必要な体づくりについて書きます。結論を先走って結論を書いてしまうと、鍼灸はバレエダンサーのケアに最適です。次回の更新でお会いしましょう。 つづく…『バレエの体づくり』 X(旧ツイッター) インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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| 感覚と理論のお話 ~感覚主導論の展開~ | ||
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| 要旨: | 鍼灸師の間で、ときどき「理論派? 感覚派?」みたいな話がでます。どっちも大事というのが太古から変わることがない結論であることは百も承知なのですが、それは理想論であり現実的な臨床論ではないとも思うのです。このブログは鍼灸師に限らず、いろいろな人が目にしてい... | |
![]() 鍼灸師の間で、ときどき「理論派? 感覚派?」みたいな話がでます。どっちも大事というのが太古から変わることがない結論であることは百も承知なのですが、それは理想論であり現実的な臨床論ではないとも思うのです。このブログは鍼灸師に限らず、いろいろな人が目にしていると思うので、できるだけ専門的になりすぎないように私の考え、というより実際にどう実践しているのかという話を書こうと思います。 感覚の役割最初に感覚の話から始めるのは、鍼灸はなんだかんだ言って感覚主導だと思っているからです。もちろん感覚だけでよいと思っているわけではないのですが、誤解を恐れずに言えば感覚で成り立ってしまう世界でもあるのです。こういう話は慎重にしなければならないことは心得ているのですが、論点をクッキリさせたいのであえてこういう話をしてみます。 「このあたりに鍼をしてみたらいいのではないか」という感覚にしたがって鍼をしていくのです。患者さんはツボだと思っている場合があるのですが、単にそこは効きそうなところなのです。一般の人が怖がらないように補足しておくと、鍼灸師はみんな「はり師」と「きゅう師」と国家免許を持っているので、刺したら危険という場所は避けます。安全な範囲で行うのが前提です。 驚くかもしれませんが、ツボであろうとなかろうと鍼は効きます。そもそもツボとして言われているところは、経絡経穴学という学説の中にあるものでしかありません。それ以外のツボは経外奇穴として学問の外で「経験的なもの」として例外的もしくは特異的なものとして扱われています。でも、言わせていただけるのであれば実に勝手な話です。 経絡経穴、つまり主要な学説の中に含まれているものを正当と考え、それ以外のものを例外的と扱うのは、生命の前というか臨床の中というか、そういう現実の中で不公平なのです。不公平だと思うのは、症状が寛解したものが、その臨床において正当なツボだからです。そのツボが名もなきツボで、「ここ効きそう」と思っただけのところであってもです。 伝統の意味鍼灸は伝統医学と言われていますし、多くの方がこのように思っています。そして鍼灸医学は経験値の集積と考える人が多く、いわゆるエビデンスが乏しくても、確からしいものとして扱われてしまいます。人気ユーチューバーが紹介しているツボは、エビエンスが確かであるとは限りません。 Youtubeで紹介されていたツボに対して「そうなんだ」と思うことと、経絡経穴学に所属しているツボに対して「そうなんだ」と思うことの根本は同じです。 どうしたってポピュラーである方に人は傾いていきます。情報とはそういうもの、と割り切ることは大切ですが、そのいっぽうで、臨床では人気であるかどうかは重要ではなく、その患者さんにピッタリのツボを探し出すことが重要なわけです。 実際のところ、ポピュラーではないツボ、つまり誰も話題にしていないツボが劇的な成果をもたらすことも多いのです。その中には名もなきツボも含まれますし、もっと言ってしまえばその場で初めて試した部位だったりします。 どこであろうと効いたのなら、それはツボです。 市井の鍼灸師は「こうしたら効いた」という経験値がどんどん蓄積されているのです。しかし、その経験値が記録されているとは限りませんし、「熟練のなせる業」という言葉で片付けられてしまうことばかりです。伝統が経験値の集積であるならば、市井の中で生まれる経験もまた伝統になり得るのです。 ただ、実際には「伝統はポピュラーでなければならない」という暗黙のルールが存在し、本来蓄積されるべきものが数多く失われている気がしてなりません。私は思うのです。伝統というのは、経験を次世代に残そうという強い想いから生まれるものであると。残そうとするものは経験を言語化しようとする努力が必要となりますし、受け取る方も、言語を感覚に落とし込んでいく努力が必要です。 つまり、伝統というのは感覚をつないでいくことであり、感覚のリレーが核になっていると考えています。そういう考えからすると、古典を読み古典を探索する意義や価値は疑いの余地がありませんが、伝統の中を歩んでいることを必ずしも意味しません。 理論の役割問題点を絞り込むここまで感覚を中心に書いてきたので、「感覚をひたすら磨け」と思われている方がいらっしゃるかもしれません。感覚主導という基本的スタンスは変わらないのですが、理論の重要性は下がりません。むしろ、磨いた感覚を効率よく使うには理論が必須です。感覚は有限ですから、どこに差し向けるかがとても重要です。 簡単に言えば、理論がなければあやしいところを絞り込むことがむずかしいのです。時間や手間がかかれば、その分がコストになって、患者さんの負担を増やしてしまいます。また、気になるところに鍼や灸をしていく方法では、対応できる症状が限られてしまいます。医学としての鍼灸、医療としての鍼灸を目指すことはできません。 つまり、理論で絞り込んだところに感覚のリソースを注ぐことで症状に関する情報をより多く得やすくなる、ということです。 感覚の解像度を上げるコーヒーはお好きでしょうか?興味がなければ「黒くて苦い飲み物」という認識かもしれません。好きな人にとっては、産地や焙煎、淹れ方によって味が変わる色鮮やかな飲み物なんだろうと思います。知識が豊かであるほど、コーヒーの味わい方も豊かになっていくわけです。コーヒーの話はその筋の人に任せるとして、私が言いたいのは、知識によって感覚が喚起されるという事実です。 人体に触れる場合も同じです。医学の知識があるかないかで感覚は変わります。骨だと思っている硬さが、実際には筋肉のコリだったりということも。いったん骨ではないとわかれば、コリの質感や程度の変化に気がつくことができます。 この例は極端ですが、人体はとても複雑なので前提知識によって見え方や感じ方が大きく変わります。私たち鍼灸師でも、何を深く学んでいるかで育つ感覚が変わります。勉強会で鍼灸師が集まると、ある人が当たり前に感じていることが全然わからない、なんてことも普通にあります。 学んだことは、知識の解像度とともに感覚の解像度も自然に上がっていきます。知識と知識と関連付けてそこに交流をもたらすのが理論だとすれば、感覚と感覚も行き来してきます。つまり、理論を学ぶほど、人体に起きる変化の往来をとらえることができるようになります。 理論の罠ただ、理論を重視しすぎると理論の外で起きていることに気がつくことができなくなります。小宇宙である人体を前にすれば、どんな理論も不完全です。それを忘れて理論に没頭してしまうと目の前で起きている現象と現実が目に入ってきません。感覚としても認識できません。勉強すればするほど成果がでなくなってしまうという悲惨な結果を招くこともあります。 だからこそなのですが、感覚主導であるべきだと私は思います。感覚主導というのは、理論を深めようとするほど外せないルールです。理論の罠にはまらないように「感覚>理論」という比重を保つように心がけています。理論から外れた感覚を見逃さないからこそ、新たな気づきがあり理論も充実していきます。つまり、理論を育てるのは感覚です。 このように考えると、「感覚派」「理論派」と二分する発想がおかしく思えてきます。 セミナーと合宿私は鍼灸師向けの技術セミナーを整動協会を通じて行っているのですが、そこで主に扱っているのは理論です。セミナーの中では理論主導で話が展開されていきます。前述したように理論の罠が待っています。ある意味では、私がわざわざ罠を用意しているようなものです。そうならないように、セミナーは実技を中心として組み立てています。それで、罠はだいぶ浅くなるのですが完全ではありません。 そこで、感覚主導へと導く企画も行っています。先日、埼玉県で協会のメンバーと合宿を行いました。理論はまったく登場せず、ひたすら感じる練習です。一言で表せば触診のトレーニングなのですが、他と大きく違うのは、私たちが感じる感覚だけでなく受け手の感覚も同等に扱っていることです。ですから、練習では施術する方も施術を受ける側もどちらも主役です。 主催する私も勉強になりました。来年もやります。来年はさらにパワーアップした合宿を計画しています。 ![]() 参加したメンバーがブログで感想を書いてくれました。 ・『「何となく」をなくす2日間——触診・刺鍼に集中する強化合宿』(布野聡一朗) ・『鍼灸師の合宿は何をするの?』(石井佑) ・『ラーメン屋の接客に学ぶ触診の極意』(楠洋介) ・『はじめての触診刺鍼合宿』(相原圭子) ・『触診で9割決まる!!』(吉岡貴人) ・『「触る」を見つめ直す二日間。副院長の視点で書いた触診合宿レポート』(小堀広大) ・『上手い鍼灸師ほど練習している』(栗原誠) |
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| 恩師、兵頭明先生のこと | ||
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| 要旨: | 日本の現代中医学の父 先週、恩師の兵頭明先生とお会いしてきました。この機会をつくってくれたのは、鍼灸院ひなたの院長、山元大樹先生。一緒に整動鍼に取り組んでいる仲間の鍼灸師で、兵頭先生の下で学んだ時期があります。 兵頭先生は、鍼灸師にとって現代中医学の父... | |
![]() 日本の現代中医学の父先週、恩師の兵頭明先生とお会いしてきました。この機会をつくってくれたのは、鍼灸院ひなたの院長、山元大樹先生。一緒に整動鍼に取り組んでいる仲間の鍼灸師で、兵頭先生の下で学んだ時期があります。 ![]() 兵頭先生は、鍼灸師にとって現代中医学の父と言ってもよい存在です。物腰が柔らかすぎて、ついスゴい先生であることを忘れがちですが、鍼灸師にとってはキングダムの王騎将軍を目の前にいるくらいのインパクトです。もっとわかりやすく言えば、日本の鍼灸師の教科書の礎を築いた人です。わかりやすい先生の著作物は中国にも影響を与えています。 学生時代、こんなスゲー先生に教わることができたのは幸運でした。昔の話になってしまいますが、私が学校を選ぶとき学術の厚みをもっとも感じるところを選びました。情報が少ないなか、ウェブサイトがもっとも充実していたのが母校の衛生学園でした。新しい学校が増えて入学のハードルは低くなりましたが、私が挑んだ入試では倍率は10倍でした。ですから、兵頭先生の指導を受けられることは特別だったのです。気がついていない学生のために言っておくと本当にスゲー先生なんですよ。 改めて兵頭先生の功績を紹介すると、何よりもまず中国から大量の学術を輸入したことです。出版された専門書の数は鍼灸業界で群を抜いています。教科書にも「兵頭明」の名前を見つけることができます。まさに、学術においては父のような存在です。 1970年代、中国との国交が回復すると同時に伝統医学の分野でも交流が盛んになってきたのですが、そのときに第一線で活動されていたのが兵頭先生なのです。私が在籍していた頃(1998-2001年)は、現代中医学の教育システムが構築されてきて、その恩恵を真っ先に得ることができました。そこで問題解決能力をたっぷり養うことができました。 兵頭先生の分厚い人脈も目を見張るものがあります。中国との学術交流に積極的に取り組まれ、その拠点が衛生学園でした。日本を出ずに中国の高名な先生から指導をいただく機会を得ました。その頃の学びは財産です。 時が経ち、私は「ツボと動きの関係」を考える整動鍼を創案して普及に努める立場になりましたが、片足を中医学に乗せているので、重心を乱すことなく新しい理論を展開できました。兵頭先生から見たら、私のやっていることは伝統的なものからだいぶ外れてしまっています。それでもかわいがってもらえるのは年齢を忘れて嬉しいものです。 認知症の専門家として日本における中医学の普及、そして教育システムの構築と、これらの功績だけでもすばらしいのに、認知症の研究者としても第一線でご活躍されています。鍼灸ができること、鍼灸にしかできないことへの挑戦は、どこからエネルギーが湧いてくるのかと思うほどです。 近々、国内の認知症ケアの費用は(家庭内の統計に乗らない潜在的費用を含めると)年間20兆円に達すると言われています。医療費だけでもすでに2兆円を超えています。その負担は現役世代が背負うものであり、将来的には私たちが背負わせてしまう費用です。兵頭先生はこうした現状の解決策として、鍼灸の活用があると唱えています。 鍼灸の可能性を追求することは、私たち鍼灸師が活躍できるかどうかの域を超えて、社会全体の問題の解決策になりうるという視点は、ふだん目の前の業務に奔走していると忘れがちです。兵頭先生とお話しているうちに、自分の視野の狭さが恥ずかしくなりました。 無料で学べる中医学講座こちらには無料で中医学を学べるビデオ教材があります。学生も学び直したい鍼灸師の方々もぜひ。 中医学教育臨床支援センター (視聴者登録をする必要があります) こちらの書籍は入門書としておすすめです。図表がたくさんあって中医学の生理がわかりやすくまとまっています。こういうの、学生のときに欲しかったです。 ![]() X(旧ツイッター) インスタグラム(ほぼ趣味) ・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市) ・はりきゅうルーム カポス(東京/品川) ・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会) |
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