新入社員の岡本です。
前回「(活法ラボ(養気院)で実現したいこと(4) ―整動鍼トレーニングセンターをつくる」の続きです。
物騒なタイトルをつけてしまいましたが、最後までお読みいただければと思います。
機械に代替されない仕事につきたかった
わたしが鍼灸師になった理由は複数ありますが、そのひとつとして、「鍼灸など医療系の仕事は機械で代替されないだろう」という見通しがありました。
昨今、「事務の仕事がAIに取られる」というような議論が盛んにされていますが、当時のわたしも「人間の感性と感覚、長年の経験がモノをいう『鍼灸』という分野であれば、少なくとも自分が生きている間は仕事が失われることはないだろう」と、考えました。
確かに、その読み(というほどのものではありませんが)は当たっていました。患者さんを不安な気持ちにさせないように気を配り、痛みが出ないよう安全に鍼を打ち、施術の最中や施術後に身体の状態を説明して今後の見通し展望を説明する、という一連のプロセスは、きわめて人間的な要素から成っています。
普通に考えれば、鍼灸師が機械に取って代わられることは、おそらく「ない」と考えてもいいでしょう。
鍼灸は本当に機械で代替できないのか
しかし、整動鍼を学びはじめて、少しずつ「本当に鍼治療って機械に代替できないのかな?」と思うようになっていきました。
栗原院長は「方程式を解くように治療を組み立てられたら」と考えて整動鍼をデザインしました。ただなんとなく「五十肩にはこのツボ」などと設定したのではなくて、身体の動きの鍵を握るツボを割り出し、人間の身体とツボの関係を徹底的に分析しました。さらに、そして、ツボの位置もミリ単位で特定して、誰もが共有できる説明を付しました。
そのような厳密な定義を与えたからこそ、整動鍼は高い再現性が保たれ、全国で採用する人が増えてきているのです。
機械に鍼灸師の代わりができると考えてみる
「再現性が高い」というのは、言葉や数値といった手段によって、相手に定義を伝達できるということです。定義を伝達できるということは、「誰にでもできる」ということです。ある人にしか感じられない、理解できない感覚や、経験のみに頼った技術では、他の人と共有することができません。
ツボの位置を示す完全な座標と、ツボの深さが定義できれば、機械で取穴ができるようになります。繊細なマジックハンドのようなものをイメージしています。むしろ、人間よりも正確にツボが取れるかもしれません。そして、動きを詳細に分析し、それに応じた治療を、まさに方程式を解くようにして組み立てていくことができます。
極端なことを言いますと、正しい見立てをし、精密にツボを取り、その場所に必要な深さで鍼を打つことができれば、診断から治療という一連のプロセスは機械でも代用できるということになります。
たとえば、将来的にはこういうことができるようになるかもしれません。
1.AIによる問診で、症状を入力する。
2.カメラが動きをスキャンし、問題が生じている箇所を認識する。
3.全自動鍼治療ロボット「セイドーくん(仮)」が全自動で治療を行う。
ツボの正確な位置やさまざまな症状の治療法については整動鍼でかなりのことが確立されています。もちろん、現在も栗原の手によって研究が続けられており、日々、少しずつ前進しています。
いきなり「セイドーくん(仮)」を登場させるのが難しければ、その一歩手前として、遠方に住む患者への鍼治療はどうでしょうか。実現が可能です。
現在でも、「ダヴィンチ」という名前の手術支援ロボットがあります。
これはもともと、アメリカが戦場での手術を遠隔操作で行うために開発したものですが、高速通信の5Gなどが実用化され、VRなどの技術がさらに進歩すれば、当然、遠隔でも鍼治療ができるようになります。人体を切り貼りするような外科手術ができてしまうのですから、基本的には鍼を浅く打つだけの鍼治療が遠隔でできないわけがありません。
そう考えていると、「鍼灸師は機械に取って代わられないから安泰だわ〜」とのほほんとしているよりも、
「鍼灸師すら機械に取って代わられてしまうかも〜」とおびえるよりも、
「鍼灸師の仕事を機械でもできるようにしてみたろ」
と考えることのほうがおもしろいのではないかと思うようになってきました。
遠隔・全自動鍼治療実現のために解決すべき課題
遠隔、そして全自動鍼治療の実現に向けて、超えるべき課題があります。それは「ツボとは何か」「ツボが取れるとはどういうことか」を記述することです。
現在、整動鍼を習得するにあたって、いちばんのハードルになるのが「ツボを正確に取れるようになる」ことです。ツボの位置や取り方をアタマで理解することは、座学でもある程度なんとかなります。鍼灸師はみんな国家試験に合格してきた人たちですから。
難しいのは、ミリ単位でツボを探し当て、強すぎも弱すぎもしないちょうどよい力でツボを押圧し、術者と患者で感覚を共有することです。
一般的に使われているようなざっくりとしたツボの位置であれば、そう難しいことではありませんが、整動鍼で行っている「ミリ単位」かつ「ちょうどいい力加減」の取穴は、人間でも習得するのに年単位の時間がかかってしまいます。(人間「だから」といえるかもしれません)
カラダでツボを覚えるには、何度も何度も練習し、指導者からフィードバックを受ける必要があります。本を読んでいるだけでは自転車に乗れるようにならないのと同じです。
例えば、ロボットを使って遠隔地にいる患者に鍼治療をするには、術者が操縦する機械のアームで患者の皮膚を圧してツボの感覚を計測し、遠いところにいる術者に伝送しなければなりません。術者は、自らが操作する機械が再現するツボの感覚をたよりに、施術していく、というわけです。
手術支援ロボットのダヴィンチでも、この感覚の部分が再現できないため、医師は慣れるまで扱いに苦労すると聞きます。ツボの感覚をとらえることが極めて重要な整動鍼では、この点をなおざりにしておくことはできないのです。
ツボのはたらきの次は、ツボそのものを識る
すでに、ツボがどこにはたらきかけているかという仕組みについては、脳科学の方法論を用いて、上に挙げた脳磁図(MEG)という最新の機器を使って研究が進められています。
次に取り組むべきは、ツボそのものの正体に迫る研究です。わたしはそれをやりたいと思っていますが、もちろんわたし一人では手に負えるテーマではありませんし、そもそも鍼灸師だけでも、研究者だけでも不可能です。研究者とで鍼灸師がタッグを組んで、ツボの解明に乗り出す必要があります。そしてこれは「触覚とは何か」という問題になってきます。
「人間鍼灸師」として鍼の技術を磨くことはもちろん続けるとして、さらにその先、人間が鍼を打たなくてもよくなる世の中、「ロボット鍼灸師」が現れる世の中が来ることを考えていたい。
そんな日が来たとき、人間鍼灸師は何をするべきなのでしょうか。
未来を作るのが仕事
「全自動で鍼を打つロボット」だなんて、「自分が生きている間にそんな世の中は来ないのでは」とも思います。でも、本当にできたら絶対におもしろい。
「明日死ぬかのように生きろ。永遠に生きるかのように学べ」という言葉もあることですし、目先のことで頭をいっぱいにするよりも、そのくらいのスパンで人生を考えているほうが、楽しく生きられそうな気がします。
セイドーくん(仮)が活躍するようになった社会では職を失うことを恐れた人間鍼灸師が立ち上がり、「セイドーくん(仮)狩り」が横行するようになるかもしれません。
しかし、これまで世の中で起こってきたイノベーションは、いずれも労働から人間を解放する方向へとはたらいてきました。馬車の御者も、電話交換手も、タイピストも、写植屋さんも、いなくなってしまいました。
「人間らしい心の交流」も必要でしょう。しかし、「根拠のある方法論で安全かつ精密、短時間で負担の少ない治療ができるセイドーくん(仮)」と、「自分が何をしているのかよくわかっていない人間の鍼治療」のどちらを受けたいでしょうか。
これは、「オートパイロット機能のついている飛行機と一切が手動の飛行機のどちらに乗りたいか?」という質問を考えれば、自ずと答えは出るのではないかと思います。
鍼はなぜ効くのか?
ツボとは何か?
という謎の答えに迫っていけば、セイドーくん(仮)の登場を待つより先に、鍼灸師がもっと創造的に、尊敬を受けながら働ける足場を提供することになるはずです。鍼灸師の在り方は大きく変わっていくでしょう。
未来ができあがっていくのを眺め、流されるのではなく、自身の手によって未来を作っていける――いえ、作っていくべきなのが活法ラボという会社です。なにしろ、ここは“ラボ”なのですから。
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5回にわたってお届けした「わたしが活法ラボ(養気院)でやりたいこと」は今回でひとまずのしめくくりとなります。
これからも書きたいことはたくさんありますので、引き続きお付き合いいただければと思います。