最強のつめ切りブランド。SUWADAの製作現場をひと目見ようと、群馬から新潟にやってきた栗原院長と岡本。
県境を越え、いよいよ新潟へと足を踏み入れました。
国内外で絶賛されている高級つめ切りの製作現場が見たい!―SUWADA訪問記(1)
やってきましたSUWADA
高速道路を下りて昼食を済ませ、雨降りの中、田舎道をずんずんクルマで走っていくと、山に寄り添うようにして立っているSUWADAの工場が見えてきました。
「うぉーー!」と言いながら写真を撮りまくる栗原院長。絶対にUSJに行ったときよりも興奮している。
写真で見て想像していたのよりも、実物は少しコンパクトでした。
普通、工場の見学というと、受付に人がいて、そこで名前や人数を確認したり、最初のオリエンテーションがあったりと、一連の手順を踏むことが多いのですが、ここではそういった手続きは一切不要で、予約なしで気軽に入っていくことができます。
入り口で出迎えてくれるのは、門番のようにして立つ二体の甲冑です。ここで使われている金属を使って製作されたものであることがうかがい知れます。
金属でできた松の木があったりと、黒で統一された空間に、一気に引き込まれていきます。SUWADAの加工技術の高さが入った瞬間に伝わってきます。
わたしたちはちょっと相談したいこともあって、担当の方にアポイントメントを取っていたので、入り口のところにある内線電話で到着を伝えます。
ほどなくして、メールでやりとりしていた担当のOさんやってきて、中を案内していただけることになりました。
廊下に展示されているのは原料から製品になるまでの過程の説明と、SUWADAの歴代の商品です。
なんでも、最初は釘などの頭を取るための「喰切(くいきり)」という道具を作っていたそうで、刃と刃を正確に合わせる技術を応用してつめ切りを製作するようになっていきました。「喰切」という名称が非常にかっこいい。
展示物の中でひときわ目を引くのが、原料の金属をプレスしてつめ切りの形を取った後の“端材”です。
端材というには割合が大きすぎます。写真をご覧いただければわかるとおり、真ん中で抜いた後、かなりの部分が残ってしまいます。
「また溶かして固めて使うのかな?」と思っていたら、さにあらず。残りの部分は廃棄してしまうのだそうです。
叩いているうちに金属の良質な部分が中心に集まってきて、そこを打ち抜いて製品にするため、原料を再利用すると質が落ちてしまうのだそうです。粘土のようにはいかない模様。
「も、もったいない…。スイカを買ってきて、真ん中あたりを食べてあとは捨ててしまうのと同じではないか…」
などと考えてしまいますが、品質のためには仕方のないことなのです。
廊下を抜け、別棟に向かいます。ドアノブに使用されているのは、例の端材。「相当使いみちに困っているのか…」などと失礼な思考が脳内に浮上します。
金属に命を吹き込む
メイン工場を一旦通り抜けて、別棟へ。
原料となる鋼材を熱し、叩くための場所を案内してもらいます。
炎が燃え盛り、「ガコーン!」という激しい音が規則正しく響き渡っています。すごい音。建物を分けていることが一瞬で納得できました。
「鉄は叩くと生き物になるんです」
そう説明するOさん。ただの金属だったものが熱され、鍛えられることで個性が出て、生き物になる。その個性を見極められるのが、同じ生き物である人間、ということか。
「SUWADAの製品は自動化できないので、すべて手作業で作られています」
鋼材を1000℃を超える高熱で熱し(職人は目で見て温度がわかる)、400トンの力(自動車300台分の重さに相当。何なんだ300台って…)で叩きます(もちろん機械が)。
響き渡る400トンの槌の音。
まさに「鍛える」という言葉のとおり、目の前で「材料」が「製品」へ鍛え上げられていきます。
自分自身を最高峰の人間に鍛え上げたければ1000℃や400トンに相当する負荷が必要なのかもしれません(スポ根的発想)。
打ち抜かれた後の端材
ガンガンに炎を燃やしているので、夏場にはこの作業場は灼熱地獄と化し、外気温と同じ環境で作業しなければなりません。
岡本「じゃあ、冬場はラクですね」
Oさん「でも、金属の温度も下がりやすくなってしまうので、大変なんですよ」
「冬はぬくぬくできてラッキー」みたいな甘いものではないのですね。しょうもない発言をしたことを反省しました。
SUWADAのテーマカラーはなぜ黒なのか
さて、ここで栗原院長が、「ここは色を黒で統一されてますけど、機械もこれは黒に塗ってるんですか?」と質問しました。
設備もすべて黒
Oさん「はい、鍛冶屋は火を使いますから、『繁盛しているところは煤(すす)で黒くなっている』ということから黒にしています」
それを聞いてしびれるわたしたち。普通に黒に統一しているだけでもかっこいいのに、そういう意味を込めていると知ると、ますます惚れます。
テーマカラーにそのようなストーリーを付与することで、さらにブランドに奥行きが出ます。一体誰が思いついたのでしょうか。
作り方がわかる≠できる
「ガコーン」の音を後に、メイン工場に戻るわたしたち。ここでは、先ほど見たプレスによってつめ切りとしての大まかな形が与えられた原料を、製品にまで仕上げていく作業が行われています。
それぞれの部門のガラス窓の前に完成途中のつめ切りが置かれており、そこでどんな作業が行われているのかを知ることができます。
SUWADAのつめ切りが完成するまでに、50工程がかかるということです。こんなに小さな製品に、50とは……。
「刃を作って、柄を磨いて、軸を入れて、チェックする」くらいしか思いつきません。自分だったら4工程で終わってしまいます。
職人さんはそれぞれのセクションをローテーションするような形で勤務しています。特定の作業に才能を見いだされる職人さんもいて、そういう人には直接その部門から「○○さんがほしい」という声が上がるそうです。
粛々と、そして確実に進んでいく作業。女性もたくさんいます。
ここでOさんにひとつ質問してみました。
「こんなにあけっぴろげにしちゃってて大丈夫なんですか? すごく詳しく説明してくれましたけど、わたしたちは同業他社のスパイかもしれませんよ?」
Oさん「(笑)大丈夫ですよ。作り方がわかるのと、実際にできるかは別なので」
穏やかに語る姿からにじみ出てくる自信。偉そうに言っているわけではもちろんありません。
工場を見学者に開放することを検討したとき、当然ながらノウハウの流出のリスクについても議論があったでしょう。
何しろ、誰でも好きに入ってきてガラス張りの作業場を好きなだけ見学できるのです。しかも写真撮影可(フラッシュはだめ)。ノウハウを盗もうと思えば、盗めるでしょう。
しかし、実際にはSUWADAはつめ切りのブランドとして圧倒的な地位を築いています。
「鍼治療の技術ではどうだろう?」
と考えました。結論から言うとよく似ています。
たとえば、テキストに「○○のツボに鍼をすると■■という効果が出る」
という記述があったとします。そして、○○というツボの場所が示してあったとします。
では、誰にでもそれができるようになるかというと、実際には、大変難しい。
マニュアル化すれば誰にでもできるようになる部分と、時間をかけて技術を高めていく部分との違いが厳然として存在するのでしょう。
「わたしたちの鍼の技術はどこまで公開するべきなのかな?」そんなことを考えながら見学を進めていきました。
見られることで生まれた「張り合い」
工場を見学者に開放することに関して、やはり当初は反対意見もあったそうです。
そりゃそうだ。自分が作業しているところを、知らない人が見物に来て、写真までパシャパシャ撮られるとなれば、誰だって警戒するはずです。
Oさん「でも、今は見てもらうことで張り合いができたと言っています。お客さんの方でも、SUWADAつめ切りは安い買い物ではないので、実際に作業をご覧いただいて、納得して購入していただいています」
なるほど、工場をオープンにすることによって、作り手には張り合いが、顧客には納得が生まれたのです。
これだけの工程を経ていることを目の当たりにしてしまえば、「安い買い物ではない」なんて絶対に言えなくなります。
SUWADAは今、隣の敷地に新工場を建てていて、来年夏に移転する予定だそうです。今のところが手狭になってきたからだとのことですが、つめ切りでここまで事業を成長させてしまうことに、ただただ賛嘆するばかり。突き詰めるって尊い。
もちろん新工場が完成すれば、また見学に来るつもりです。
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