感染拡大対策の「ソーシャルディスタンスを取る」は正しくない

小堀です。

「ソーシャルディスタンス」という言葉に違和感がありませんか?

最近、英語を本格的に勉強しています。カナダにいたときはもちろんガッツリ勉強していたのですが、最近はすっかりという感じ。

これではまずいと思い、試験の点数を目標に勉強中です。ちなみに9月の試験でTOEIC900を目指していることをここにさらっと宣言させていただこうと思います。

さて、なにかを勉強するうえでは、周りに切磋琢磨できる人だったりお手本となるような人が多数いるほうが勉強が捗りますよね。

擬似的にそういった環境を作るべく、個人のTwitterアカウントでは英語クラスタと呼ばれる、一言で言ってしまえば「めちゃくちゃ英語できる人たち」をフォローしています。

そんなアカウントで皆のツイートを眺めていると、こんなアンケートが。

今話題となっている言葉の一つ。「ソーシャルディスタンス」について。

ソーシャルディスタンシングだったり、日本語では「社会的距離」と呼ばれたりします。

普段の生活でも「2mの距離を取りましょう」といった働きかけはみなさんもよく耳にするはず。

小堀も、この言葉を聞いた当初(3月下旬頃?)は「距離を取らないとな」くらいにしか思っていませんでした。

それから、事態は毎週毎週目まぐるしく変わり5月に至りました。最近、この言葉にとても違和感を感じるようになっています。

Social Distancingとは

ソーシャルディスタンス。カタカナ言葉なので外来語ですね。

英語表記ではSocialDistancing.

ここから翻訳されて「社会的距離」と日本語で言うようになりました。

でも、この新型コロナウィルスの件がなかったとして「社会的距離」と聞いたら、どんなイメージをもつでしょうか?

社会的距離は物理的な距離と心理的な距離を意味する

距離という言葉を逆に接触と置き換えてみましょう。

社会的な接触、とするとここから2つのイメージが湧いてきます。

1つは単純に人と会うということ。例えば、学校を卒業したあとは同級生と合う回数が少なくなります。これは社会的な接触が少なくなったと言えるでしょう。

つまり、物理的に会う機会が少なければ距離が遠く会う機会が多ければ距離が近いとなりますよね。

もう1つは心理的につながっているかどうか。現代ではネットが飛躍的に進歩しました。そのおかげで、離れている人同士とも連絡が取り合えます。

こうして連絡を取り合っている人は、心理的に距離が近い人同士だと思います。心理的な距離が遠い人とは、わざわざ連絡をとろうとは思わないはずですから。

とるべきはフィジカルディスタンス

なぜソーシャルディスタンスと騒がれているのかといえば、飛沫感染を防ぐためですよね。

これは人と人との「フィジカル(物理的)な距離」が離れていればいいということ。